先ほどお話しした熱膨張をひも解いてみると、要はエンジン(ピストン)には常に「高熱」が伴うということになります。それもそのはず、混合気を圧縮させて爆発させた燃焼ガスに常にさらされるわけですから、常に火にあぶられているのと同じです。
さらにピストンは高速で往復運動をし、シリンダと常に摺動(しゅうどう)していますので摩擦熱も発生します。もしピストンとシリンダとが直接触れ合いながら摺動していたとしたら、摩擦熱によってあっという間に焼き付いてしまいますね。要は、ピストンが溶けてしまうということです。
そこで活躍しているのが、皆さんご存じの「エンジンオイル」です。エンジン内を常に循環して金属表面に油膜を張り、摩擦熱が発生してしまう金属同士を滑りやすくしてくれるわけです。エンジンオイルにはこのような「潤滑作用」に加え、クッションの役目もしますし清浄もしてくれます。
ピストンとシリンダは激しく摩擦を繰り返し、さらに高温で圧力も掛かる部位です。それ故に、エンジン内では一番過酷な部分ではないかと思います。この2つの部品間にも当然エンジンオイルは循環していますが、ほかの部品よりも明らかに過酷な状況下に置かれているのにほかの部位と同じ循環方法で大丈夫なのでしょうか? かといって、ピストンとシリンダだけ特別な循環方法を使うことは構造が複雑になったりして大変ですのであまり賢い手段とはいえませんよね?
筆者がまだ学生のころ、新しいシリンダを購入して組み付けようとしたときに、「あれ? このシリンダ、新品やのにめっちゃ傷だらけっすよ!」と知ったかぶりをして恥をかいたことがあります(笑)。
「あほか! 鏡面やったらエンジンが焼けてしまうやろ!」……と先輩に突っ込まれても理解できず……、その後で説明を受けるうちに納得したのでした。
いま考えれば当たり前のことなのですが、“傷=圧縮が抜ける”という先入観が強かった当時はとても新鮮な驚きをした覚えがあります。
ピストンやシリンダに施されている工夫というのが、鏡面加工ではなくスジ加工なのです。シリンダなどはパッと見は鏡面加工しているように見えますが、実は細かいスジが全面に入っています。
「スジ加工」、例えば金タワシで金属を磨いたような感じでしょうか。ピストンはシリンダよりもさらに大きなスジが加工されており、指で触れば凸凹が十分に感じ取れます(写真2)。
単純なイメージでは「鏡面加工して抵抗を少なく圧抜けしないように……」と考えそうなのですが、ピストンとシリンダのような過酷な状況下で常に油膜を維持しようとすると、鏡面では油膜を保持できないのです。そこであえて小さな溝を設けることで、その溝にエンジンオイルがたまって油膜保持を助けてくれます。
ピストンの表面加工として一般的なのは「すずメッキ」なのですが、「モリブデンコーティング」が施されたものもあります。これはグリスや潤滑剤として使用されているモリブデン粒子(黒色)をピストンスカートの表面にコーティングし、ピストンとシリンダとの初期なじみをすずメッキよりも良くしています。
新車状態のとき、それぞれの部品にはまだ当たり(各部品の滑らかな動作)が出ていません。ある程度擦り合うことで当たりが出てなじむのですが(慣らし運転はこれが目的です)、それまでは均一に触れ合わずに偏摩耗してしまうことがあります。そこで初期なじみをスムーズに行うために、モリブデンをコーティングしているのです(写真3)。
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