過負荷による破損を防ぐカラクリは、IT不要!?「失敗学」から生まれた成功シナリオ(6)(1/2 ページ)

長年にわたりおびただしい数の失敗事例を研究してきたことで見えた! 設計成功の秘訣(成功シナリオ)を伝授する。(編集部)

» 2008年01月25日 11時00分 公開
[中尾 政之MONOist]

交通事故死を減らす方法

 世の中に、過負荷が掛かるとグニャッと変形する機械があれば、とても安全である。例えば、以下の図1に示すように、普通は硬く形状を保っているが、衝突の衝撃が掛かるとフニャフニャに変わるトラックがあれば、衝突相手の普通車はつぶれずに済む。

ALT 図1 衝突時のトラック

 「加速度計で衝撃を測って、即座にエアバッグを展開すればよいのではないか」と反論する学生も多いが、制御しないで要求機能が達成できればそれに越したことはない。いざというときに制御が確実に作動するかどうか、誰も保証できない。

 射出成形に用いるプラスチックは「チクソトロピー性」を有する、すなわち“流動速度が増すと粘性率が減じる”物質である。つまり、変形速度が速くなるとフニャッと柔らかくなる。射出成形では冷たい金型の中に熱いプラスチックを固まらないように流し込むが、高速になるほどスルッと流れてくれる材料を選ばないと、細かい金型形状が転写できない。こんな材質でトラックが造れたら、交通事故死数はもっと減るはずである。

 ところが世の中には逆に、流動速度が増すと粘性率も増す物質の方が多い。鉄板はひずみ速度が1000倍になると変形抵抗力は2から3倍くらいに大きくなる。要するに、速くたたくと変形しなくなるので、衝突時に強い自動車が設計できる。普通車ならばこれでも良いが、トラックでは困る。プラスチックにはいわゆる「ダイラタンシー性」を有するものの方が多い。水に溶かしたうどん粉に箸(はし)を突き刺すと、その性質が実感できる。ゆっくり刺すとズブズブとうどん粉の中に箸は沈んでいくが、速く刺すとうどん粉は硬くなって箸は折れてしまう。

福岡ドームの屋根

 福岡ドームは屋根が回転するが、その根元の台車には液体ダンパーが付いている。なぜならば、1日に1回、ゆっくりと太陽熱で屋根が熱膨張するが、台車のところで屋根とレールとの間の変位を吸収しなければならないからである。しかし、地震時のように、1秒に1回という速い変形に対しては剛でなければならない。

ALT 図2 福岡ドームの屋根

 このときは図2に示すように、ピストンに小径の穴を開けたダンパーを用いる。ピストンがゆっくり動くときは、液体が小径の穴を伝って動けるが、一方で、短い時間内に液体を大量に流せないので、ピストンは見掛け上、硬くなる。つまり、“ゆっくり動くときは柔らかいが、速くなると硬くなる機構”が実現している。

タッピングのラチェット

 見かけ上、過負荷が掛かるとフニャッと柔らかくなる機構もよく使われる。例えば機械加工では、木ネジを回して押し込むように、タップというネジ型の工具をドリルで開けた穴に回しながら押し込んでメネジを切る工程がある。止まり穴では、ある深さまでタップが押し込まれると穴の底に当たって、トルクが急に大きくなる。そこで止めないとタップは折れてしまうが、町工場ではラチェットが組み込まれた機構を用いる。

ALT 図3 タップのラチェット

 図3に示すように、トルクが大きくなるとトルク伝達キーになっていたバネが変形して、タップが回らなくなってもスピンドルは空回りするので破損は免れる。

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