日本にPLMを紹介する先駆けとなった書籍「CRM、SCMに続く新経営手法 PLM入門」(2003年刊)を執筆したアビーム コンサルティングの執筆チームが、その後のPLMを取り巻く環境変化と今後のあるべき姿について、最新事例に基づいた解説を行う。
製造業の先進企業が次々とPLM(Product Lifecycle Management:プロダクトライフサイクル・マネジメント)を導入する背景には、製造業を取り巻く大きなパラダイムシフトがある。
「いまの世の中、勝負を決めるのは、規模が大きいか小さいかではない。スピードが速いか、遅いかである」
これは、メディア王と呼ばれるニューズ社、ルパート・マードック会長の言葉である。規模の経済から、速度の経済への変化は衝撃的である。ここでいう速度とは、
である。この速度の経済に対する判断尺度を企業のブランド価値で測ってみよう。
韓国サムソンがすでに2004年の時点でソニーのブランド価値を超えたという事実がある。2000年におけるソニーのブランド価値は160億ドル強、一方、サムソンは50億ドル程度であった。ところがサムソンは急成長し、ソニーのブランド価値が低下する。そして2004年には何と約125億ドルで両者は肩を並べ、翌年にはサムソンは150億ドル、一方、ソニーは110億ドル程度まで下がってしまった。
米国のベストバイなどの家電量販店にはサムソン、ソニーの製品が両巨頭として並ぶものの、携帯電話ではサムソンが圧倒している。一昔前なら「私、新しくソニーの携帯にしたの。すごくいいわよ」と自慢する米国人女性の手元を見ると、実はサムソンの携帯であったりしたが、いまや社名を間違えるユーザーは少ない。
グローバル企業にとってブランド価値の根源は新製品開発力、つまりイノベーティブ力であるが、これは商品開発および市場供給に当たって各部門間の深く、かつ迅速な情報処理なくしては実現し得ないものである。しかも、昨今の外部環境の変化は、ここに企画、生産、販売の各機能のグローバル分散が、さらに事を複雑化させている。
コストダウンと品質向上という相反する要件を満たすため、企画・設計部門は複数拠点化が進行しつつある。生産部門は、より安価な労働力を供給できる拠点を求めて、数年のサイクルで移動する。デザイン部門は、デザイナーの感性を刺激するような先進的な都市か、あるいは最大顧客のニーズをつかむために最大市場に近いところに動きつつある。
となると、グローバル展開した複数の拠点でコンセプト図を作成したものが、商品企画の判断をする本部に集められ、具体的な設計部門での詳細設計と工程テストに回される。これらのデザインレビューに誰がどのようにかかわるかが問題だが、多くの企業では次のステージに進むべきデータや情報が網羅されたデザインレビューになっているかどうか疑わしい。さらにモジュール部品を使用する製品であれば、その部品サプライヤーのレビューも併せて行う必要があり、デザインレビューの準備だけでもひと仕事である。
最近はさらに、新製品開発プロジェクトの件数も増加しているので、どのプロジェクトがどこまで進んでいるのか、またそれぞれのレビュー結果の管理まで行おうとすると、そのデータ管理も非常に大変である。
これに加え、経営上の意思決定事項も増えてくる。デザインレビューを進めながらも、ターゲットコスト内に収まっているかをチェックしたり、現行製品の市場での販売状況に合わせて、次世代商品の投入タイミングを計らなくてはならない。サプライヤー・3PL(3rd Party Logistics:サードパーティ・ロジスティクス)業者・EMS(Electronics Manufacturing Service:電子機器の受託生産)それぞれの適切な評価も行わなくてはならないし、アフターサービスにおける問題点への迅速な対応も要求される。製品を軸とした迅速な意思決定の必要性は高まる一方で、意思決定に必要とする情報量は増加し、情報処理内容の高度化が余儀なくされている。
プロトタイプの作成、量産化するためのプリプロダクションをどのように行うのか、という問題もある。設計拠点で行うのか、量産化される工場周辺で行うのか。より長期的なマネジメント上の判断岐路に立たされる。多くの日系企業の場合、設計者は日本、工場は中国というのが最近の傾向である。中国のプロトタイプ作成技術が低いという前提に立ち、企画・設計は日本で行うというケースが多いようだ。
一方、先進的な米国企業は、思い切って企画・設計機能も生産拠点に移し始めている。企画・設計の経験を早めに現地に蓄積させ、企画・設計プロセスのボトルネックを減らし、新製品開発のキャパシティを向上させようという考えだ。
仮に企画・設計機能もグローバルシフトした場合、さらに多くの情報のやりとりが異国間で飛び交うこととなる。このように拠点の分散、関与する部門と人員の増加、多言語という状態になると、いやがおうでも業務処理時間の延長に伴う業務コストは増大する。
世界市場を見据えたモノづくりを推進するには、エンジニアリングチェーン改革が必須。世界同時開発を実現するモノづくり方法論の解説記事を「グローバル設計・開発」コーナーに集約しています。併せてご参照ください。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.