トヨタが気前よくカイゼンを教える本当の理由モノづくり最前線レポート(2) 〜モノづくり経営サミット2007 後編〜(3/3 ページ)

» 2007年11月22日 00時00分 公開
[上島康夫,@IT MONOist]
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中国の人件費がゼロになっても国内生産の方が安い

 製造業にとって期末残存在庫を減らすことは重要な経営課題である。とりわけ自動車や家電など、製品単価が高い業界では残存在庫はキャッシュフローを圧迫する。藤本氏によれば期末残存在庫を減らすには2つの方法があって、「1つは『行列ができるラーメン屋さん』みたいなやり方で、後補充をしない、売り切れたらごめんなさいという戦略。つまり逸失利益の方は目をつぶる。日本のA社の国内パソコン工場で行われている製造のやり方はこれに近い。もう1つは小刻みにトヨタ的な後補充生産を繰り返して期末残存在庫をある一定のレベルに収束させていく方法だ。日本のB社の国内パソコン工場はこちらに近いやり方をしている」のだという。

 ここで重要なのは期末残存在庫の定義だ。「普通に使われている財務的な意味の年度末在庫ではない。モノづくりの自然な意味における期末とは、その製品の販売が終わるとき。春夏物の洋服なら、それの販売が終わるときが期末と考える。ところが、たまたまやって来る3月31日や12月31日などは、モノづくりにとって何の意味もない。たまたまこの日に在庫がどれだけあったかによって報告利益が変わってしまう問題が原価計算の中に存在する。例えば期末になると製品を出荷せず、たまたまやって来た期末の3月31日をまたぐときに意識的に在庫の山を作ると、いまの会計制度では瞬間的に見かけ上の利益(報告利益)が出てしまう」。これはモノづくりにとって非常にまずいことだと藤本氏は警告する。

 では、モノづくりにとって自然な期末とは何か。それは「その製品の販売の最終日」である。つまり販売の最終日の残存在庫をきちんと見ていることが、きちんとモノづくりをしている経営者の仕事だと指摘する。例えばワールドはこれをしっかりやっているという。

 「数年前にアパレル業界がこぞって中国に生産拠点を移転するといっていた時代に、ワールドの寺井社長は日本国内での生産を続けていた。淡路島などに工場がある。もちろん中国でも作ってはいるが、それは『売り切り御免』の製品が中心である」

 「ところが、ハイエンドの商品の中には、春夏物や秋冬物など、あるシーズンには必ず置いておかなければならないアイテムがある。さあ、これをどうするか。中国にまとめてどかんと大量発注するのか。おそらく大ロットで発注すれば20%以上の期末残存在庫が出てしまう。ワールドはハイエンドの商品を毎週、後補充生産している。このやり方なら、期末残存在庫は非常に少ないだろう。そうすると、中国にまとめてどかんと発注する場合に比べて20%ぐらい残存在庫に差が出てくる。この残存在庫をたたき売りする場合と比較すると、寺井社長によれば『中国人の賃金が仮にゼロでも、日本で作った方が安い』という。毎週後補充するのは、リードタイム的に中国生産では無理。それで国内の工場で生産するのだけれど、その方が安いと寺井社長は見切る。そのとき社長がモニターしているのは、どうでもよい年度末の数字ではなく、本当に意味のある販売の期末の数字だ」

 アパレル業界で、小ロットで後補充をしている会社はほとんど聞かないが、自動車業界では小ロット後補充生産は珍しくない。よその業界で当たり前にやっていたことをアパレル業界に持ち込んだからワールドはオンリーワン企業になれたのだと藤本氏は強調した。業界を超えてノウハウを導入してくるイマジネーションがいかに大事かということが分かる。

生き残りを懸けて、「開かれたものづくり」を

 現在のモノづくり現場では、製造業という枠組みを超え、製造業のサービス業化、サービス業の製造業化といった流れは、あらゆるところで当たり前のように起こっている。これが「開かれたものづくり」という発想だ。

 実際に、いろいろな業界で行われているモノづくりのやり方が持つメリットに気付く会社とそうでない会社では、長期の業績にかなりの差が出てくるだろう。「業界の中でベンチマークをするのも大事だけれど、これは引き分けに持ち込む戦略になりがちだ。業界内をいろいろ調べてみると、自社が負けている指標がいっぱい出てくる。『負けているところをカイゼンし、負けないようにしろ』ということをやっていくと、他社に追い付けることも多い。ところが、自社が勝っているところは、他社が『負けるな』といっているのだから、そうすると大体みんな引き分けになってしまう。業界内のベンチマークをごりごりやるのも必要だが、ほかの人が考えていない意表を突くことをやらなければオンリーワン企業になれない」。

 また固有技術にこだわってしまうと、同じ業界の中だけに視野が固定されてしまう。モノづくりを広い視野でとらえると、参考にするノウハウはどこの業界であってもいいではないか、という発想になってくる。これがまさに、豊田自動織機がイトーヨーカ堂に出向いてカイゼン指導をしていた理由かもしれない。教えると同時に、いただいてくるものがあるのだ。トヨタのように教えることの上手な会社は、学ぶことにもたけている。

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 本稿は、日本のモノづくり学を引っ張る藤本氏の講演から、最新の研究テーマ「開かれたものづくり」の概要をお届けした。さらに詳細な研究成果については、いずれ藤本氏の著作として上梓(じょうし)されるはずなので、そちらを楽しみにしよう。なお、ものづくり経営研究センターの主催する「ものづくり寄席」が2007年10月〜2008年2月まで東京・丸の内で開催されている。毎週木曜日の19時から、ものづくり経営に関する研究や現場の話を寄席の形式で気軽に聞いてもらおうという趣向の講演だ。興味のある方は参加されてはいかがだろうか。

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