μmの極小部品が巨大産業を左右? 医療や自動車の未来を担う「精密機械」の世界ディープな「機械ビジネス」の世界(8)(1/2 ページ)

産業ジャーナリストの那須直美氏が、工作機械からロボット、建機、宇宙開発までディープな機械ビジネスの世界とその可能性を紹介する本連載。今回は、見えないところで私たちの生活や産業の根幹を支える「精密機械」と、そこから生まれるデジタル技術にフォーカスします。

» 2026年04月07日 06時00分 公開
[那須直美MONOist]

 スマートフォンや自動車の進化といえば、私たちはつい完成品の機能やデザインに目を奪われがちですが、その根幹を支えているのは小さな電子部品の存在です。電子回路を成立させるために不可欠なこれらの部品なくして、いかなる高度な製品も成立しません。

 特に、スマートフォンやモバイル機器に採用されている、セラミックコンデンサーに代表される小型部品は、機能の高度化とともに搭載点数を増やし続けてきました。回路の高機能化に呼応するように、部品自体も小型化/極小化が進み、限られたスペースの中でより多くの役割を担う存在へと進化しています。わずか数mm以下の世界に凝縮された技術が、製品全体の性能を押し上げているのです。

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 近年、その重要性はさらに高まっています。自動車産業では電動化や知能化が加速し、「CASE」と呼ばれる新たな領域が拡大しています。第5回の記事でも説明しましたが、CASEとは、「Connected(接続する)」「Automated/Autonomous(自動運転)」「Shared&Service(シェアリング)」「Electrification(電動化)」というモビリティの変革を表す4つの頭文字から取った造語です。

 こうした変革の背景には、スマートフォン分野で磨かれてきた電子部品技術の蓄積があります。高度な電子制御を前提とする現代の自動車は、もはや単なる機械の集合体ではなく、安全技術なども含めた精微な電子システムの塊と言っていいでしょう。

ホンダは2050年に二輪・四輪が関与する事故死者ゼロを目指しており、健康/体調データと運転行動リスクとの関係性を分析している。写真はドライブシミュレーターテスト ホンダは2050年に二輪・四輪が関与する事故死者ゼロを目指しており、健康/体調データと運転行動リスクとの関係性を分析している。写真はドライブシミュレーターテスト(筆者撮影)[クリックで拡大]

 加えて、こうした小さな部品は決して脇役ではありません。その性能や信頼性が、最終製品の価値を大きく左右します。小型部品の進化なくしてデジタル社会の発展も、自動車の未来も語ることはできないのです。陰に隠れた小さな存在にこそ、「産業の競争力と技術革新の本質」が宿っているといっても過言ではありません。

医療の最先端でも活躍する精密機械加工の技術

 「小さな部品が全体の価値を左右する」という構図は、これらの分野に限った話ではありません。近年では医療分野においても、微細加工技術によって生み出される部品が、病気の予防、診断や治療の精度を左右する世界へと応用領域を広げています。

 実際に、医療技術は驚くほど進化しています。筆者が以前取材を行った中で印象的だったのが、東京大学大学院 工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 教授の高井まどか氏の研究チームが発表した、最先端の高分子ハイドロゲルを埋め込んだ「中空型針状センサー」です。このセンサーにも機械加工の高度な技術が詰め込まれていました。

 同研究チームが開発したセンサーは、皮膚直下で細胞の間を満たす「細胞間質液(組織液)」に含まれる特定の成分を検出するものです。通常の注射針よりもはるかに微細な針にセンサーを組み込み、皮膚に貼付するだけで、間質液中のグルコース(ブドウ糖)やイオンといったバイオマーカーを連続的に検出します。

中空型針状センサーの作製プロセス 中空型針状センサーの作製プロセス[クリックで拡大]出所:東京大学大学院 工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻「装身型生化学ラボシステム」

 その中核を支えるのが、光や熱を用いて微細構造を形成する「リソグラフィー技術」です。中空型針状センサーでは、この技術によって、ポリ乳酸を長さ1000μm、先端孔径50μmの中空構造へと精緻に成形。金メッキを施すことで、針内部を電極として機能させています。また、ポリ乳酸は、生分解性を有する合成ポリマーであり、主にトウモロコシなどの再生可能資源から生成される環境配慮型素材で、医療分野でも広く用いられており、「生体との親和性」という点でも大きな強みを持っています。

 さらに、この中空型針状センサーは、特定の物質を高精度に検出する機能を持つ高分子ハイドロゲルを内包していることから、高い生体適合性と長期安定性を両立しつつ、応答性/感度も従来比で飛躍的に向上しました。リアルタイムで生体内の状態を連続モニタリングできるこの技術は、医療機器の在り方を変える可能性を秘めているものです。

 とりわけ注目すべき点は、この中空型針状センサーが「注入する」のではなく、「吸い上げる」ことができることです。さらに、その形状は富士山を思わせる滑らかな曲線を描き、微細でありながら高度な機械加工技術が凝縮されていました。加えて、電極に用いられる金には、生体安全性に配慮し、食用としても使用可能な素材が採用されている点も見逃せません。

 近年、SDGsの観点から、無害化が容易で、廃棄時の環境負荷を極力抑えたデバイス構造や生産技術の研究が加速しています。今や医療機器においても「使って捨てて終わり」ではなく、廃棄時、さらには廃棄後まで見据えた設計が求められる時代へと確実に移行しています。

 既に中空型針状センサーは、スマートウォッチなど、睡眠や心拍数などを物理的に計測できるデバイスに活用されています。今後は多様な生体情報をリアルタイムで捉える「生体装着型の小型ウェアラブルデバイス」の開発が一層進み、個人の健康管理の在り方を根本的に変えていく可能性もあります。

 そしてこの流れは、超高齢社会に突入した日本において、より切実な意味を持ちます。限られた医療資源の中で、個人の健康をいかに維持/管理していくか。その解を提示するのが、まさにこうしたデジタルヘルス技術ではないでしょうか。微細加工技術と材料技術の融合によって生まれる次世代デバイスは、「環境配慮」と「高度なセンシング」を両立しながら、持続可能な医療の実現に貢献していくことになると期待できます。

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