講演では、実演を交えたライブデモも披露された。Rescaleのインタフェース上で「Rescale Assistant」を起動し、多数のシミュレーションジョブから構成される実験計画(DOE)の結果を要約させる様子が示された。ポート氏がRescale Assistantに対して「全てのシミュレーションジョブの結果を要約し、レポートを作成し、抗力と揚力のプロットを生成して、最適な設計を選定してください」とテキストで入力すると、その指示が解釈され、複数ジョブに含まれる膨大なファイル群が解析されて、結果が英語と日本語の両方で提示された。
このデモでは、シーメンスの「Simcenter」の解析結果が使用されていた。Rescaleはこのような専門性の高いデータを理解し、AIに引き渡し、最適設計に関する洞察を提供するまでのエンドツーエンドの仕組みを構築している。実際に、設計点ごとのデータと、抗力と揚力のバランスから導かれた最適設計が表形式で提示されており、既存のシミュレーションデータとAIツールを容易に組み合わせられることがデモを通じて示された。
ここでのポイントは、組織内に存在するさまざまなSoRを横断的につなぐことだという。Rescaleは異なるシステムをつなぐデータファブリックを提供するとともに、コネクターを通じて、AIクエリーを実行する際に、これら全てのデータを統合的に扱えるようにしている。
次に、シーメンスの「Teamcenter」との連携についても紹介された。デモでは関連する複数のファイルを追加し、「このシミュレーションが要件試験に合格しているかを教えてください。結果は英語と日本語の両方で表示してください」とRescale Assistantに入力すると、自動でシミュレーションファイルを確認して、PLMのスキーマを使って要件データと試験データを特定し、それらを比較した結果、このシミュレーションが要件を満たしていることが英語と日本語で示された。
「従来数日かかる作業が、Rescale Assistant上で数秒で完了する。現在、多くのエンジニアがChatGPTやCopilotなどのAIツールを試験的に使っているが、Rescaleの目標は、即座に生産性向上につながる“本物のパワーツール”を提供することだ」(ポート氏)
続いて、AI Physicsに関する詳細な説明が行われた。この分野の研究開発においてRescaleはNVIDIAと連携し、当初はPINNs(Physics-Informed Neural Networks)やMeshGraphNet(MGN)などの手法を採用してきた。近年では、ニューラルオペレーターという新しいアプローチが登場し、NVIDIAの「DoMINO(Decomposable Multi-scale Iterative Neural Operator)」フレームワークと緊密に連携してその実装にも取り組んでいる。そして現在は、Universal Physics Transformers(UPTs)とCross-Attentionを組み合わせた手法へと進化し、実運用においても成果につながっているという。
また最近では、Foundational Physics Model(基盤物理モデル)の可能性に関する研究も進められている。「今後10年以内に基盤物理モデルが実用化される可能性が示唆されているため、今からAI Physicsに取り組むことが重要だ」とポート氏は語る。
講演では、現時点で実際に活用可能なAI Physicsのユースケースを紹介した。1つ目が、CADツールとの連携である。物理計算が高速化するため、AI PhysicsモデルをCADアプリケーションに直接組み込むことが可能となる。従来は設計変更を空力部門に渡し、解析結果が返ってくるまでに数週間を要したが、それがCAD上で即座に確認できるようになる。
2つ目は、シミュレーションエンジニアによる設計空間探索への活用だ。AI Physicsの結果を用いて設計候補を絞り込み、最終段階では従来の決定論的な物理計算によって検証を行う。
3つ目は、AIモデルを初期条件として活用し、決定論的シミュレーションを高速化する方法である。これにより、例えば2日かかっていた空力解析を6時間程度に短縮した事例もあるという。「初期解の精度が高いため、収束までの時間が大幅に短縮される」(ポート氏)。
4つ目は、新しい物理現象の発見である。大量の試験データはあるものの理論的な物理モデルが確立されていない場合でも、AI Physicsを用いればデータから物理特性を学習し、それをソルバーに組み込むことが可能になる。
そして5つ目が、マルチフィジクスへの応用である。材料、構造、空力など複数の物理領域を組み合わせる問題では、従来の手法では計算量が指数関数的に増加する。「しかし、AI Physicsを用いれば、これまで不可能だった大規模なマルチフィジックス問題にも取り組めるようになる」とポート氏は述べる。
一方で、AI Physicsを組織に導入するには、「どの業務で最大の価値が得られるのかを見極めること」「データの構造化やタグ付け」「モデルの選定とチューニング」「精度検証」、そして「組織内への展開と継続的な改善」といった課題が存在する。
Rescaleは、こうした課題を体系的に支援するため「AI Physics OS」を提供している。これはAI PhysicsをR&D組織に展開するための運用基盤であり、NVIDIAのGPUやソフトウェアスタックなどを活用し、データの取り込み、モデル学習、精度評価、可視化、そして本番展開までを一貫して行えるという。ポート氏は「エンジニアは、どの部分で精度が高く、どこに追加学習が必要かを把握しながら、モデルを改善し続けることができる。その結果、必要な精度を満たしたAI Physicsモデルを安心して現場に導入できるようになる」と説明する。
Rescaleではこれらを実践的に業務に展開するため、R&Dデータ基盤、AI Physics OS、Agentic Engineeringの3つのレイヤーを提示している。「これらが組み合わさることにより、自然言語で設計ツールを操作し、AI Physicsで解析結果を即座に得て、リアルタイムで意思決定を行うといった、新しいエンジニアリングの姿が実現する」(ポート氏)。
最後にポート氏は、「日本には、世界に誇るエンジニアリングの伝統があり、最高のツールを使って、最も価値の高い仕事に集中すべきだ。AIはエンジニアが本来の力を発揮し、より良い製品を世界に届けるためのものだ」と訴え、講演を締めくくった。
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