マレーシアは、1970年代から米国半導体メーカーの後工程拠点として発展してきた。東南アジア主要国の中でも最も長い半導体産業の歴史があり、Malaysian Investment Development Authority(MIDA)によれば後工程の国別シェアにおいて約13%を占めている。こうした歴史を背景としつつ、昨今の米中対立を背景としてさらなる後工程の強化や先端パッケージングに向けた技術革新を目指すべく、マレーシア政府は2024年5月、産官学連携体制で半導体エコシステムを構築することを目的として“National Semiconductor Strategy(NSS)”を発表した。
NSSは、マレーシア投資貿易産業省(Ministry of Investment, Trade and Industry:MITI)が管轄する政策であり、実行組織として設置されたNational Semiconductor Strategic Task Force(NSSTF)が統括/推進する。NSSTFは、各省庁、大学および研究機関、業界団体からの各代表者で構成され、半導体産業エコシステムのデザイン、国内投資へのインセンティブ設計、技術人材育成などの政策を企画/統括している。また、これに対して10人の業界有識者からなる特別アドバイザリーパネルが助言を行う。
NSSでは、250億リンギット(約8660億円)の政府予算を確保し、直接助成の他に設備投資の税控除、人材育成などに充当する。また、これに付随して2030年までに総額5000億リンギット規模の民間による半導体投資を呼び込み、売り上げ規模10億ドル規模※3)の内資半導体企業を10社以上、売り上げ規模10億リンギット以上の中小規模内資半導体企業を100社以上創出するとしている 。さらに人材面では、6万人の半導体専門人材を育成するとしている※4)。
※3)MIDAの2024年5月28日付プレスリリース“Govt allocates RM25bil to operationalise National Semiconductor Strategy”を参照
※4)MIDAの2024年5月28日付プレスリリース“PM Anwar: Malaysia to train, upskill 60,000 engineers, allocate RM25b in fiscal support for National Semiconductor Strategy”を参照
最終的に上記の目標を達成するために3つのフェーズが設けられている。最初のフェーズ1(既存後工程の強化)では、既に集積しているOSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)/ATMP(Assembly Testing Marking and Packing)の強化が課題とされている。キャパシティー拡大や装置/部素材などのサプライヤー集積の強化に加え、車載向けパワー半導体ではSiC(シリコンカーバイド)ウエハー対応を強化していく方針だ。
続くフェーズ2(先端パッケージングへのチャレンジ)では、先端パッケージングへの投資が重視され、パッケージング設計企業や装置メーカーの育成を企図している。最後にフェーズ3(半導体エコシステムの形成)では、前フェーズまでの成果が出て、中小〜大規模地場企業が新たに創出されるとともに、そこに育成された人材が還流し、マレーシア国内半導体産業で持続的な循環が起こることが想定されている。
主にフェーズ2に向けた施策として、先端パッケージング技術の開発/実装、それらを支える人材育成の場としての支援拠点や支援プログラムの提供も計画されている(表1)※5)。同時に人材育成については、産学連携による高度専門人材育成に12億リンギットの資金が配分され※6)、ペナン州などの半導体産業集積地では高度半導体人材の人材要件が定義されている※7)。
支援拠点/プログラム | 内容 | |
---|---|---|
1 | Advanced Packaging Program & Technology Center | 先端パッケージングの実装技術と評価手法の開発拠点 |
2 | MYChipStart | 先端パッケージングの設計開発支援(主にスタートアップを支援先として想定) |
3 | Wafer Fabrication Park | 前工程に向けたテクノロジーパーク(構想段階) |
4 | IC Design Park | 先端パッケージングに関わる設計開発の拠点として設計/開発支援の他、人材育成も担う |
表1 NSSによる支援拠点/プログラム。MIDA、PMOなどの公表資料よりPwCコンサルティングまとめ 出所:PwCコンサルティング資料を基に編集部作成 |
※5)MITIの“National Semiconductor Strategy”を参照。
※6)NIDAの2024年6月20日付プレスリリース“National Semiconductor Strategy to guide industry up value chain”を参照
※7)Penang Instituteの2024年9月8日付プレスリリース“Penang Launches STEM Talent Blueprint in Support of National Semiconductor Strategy to Train 60,000 Engineers”を参照
そしてNSSの発表から1年超が経過した2025年7月、マレーシア首相のアンワル・イブラヒム氏は足元の成果として630億リンギットの投資を呼び込んだことを発表した。その内訳は、580億リンギットが国外投資家、50億リンギットが国内投資家からの投資であるとされる。同時に国内の中核企業として9社が既に目標に迫る売上高を稼いでいるとしている※8)。
※8)The Edge Malaysiaの2025年7月24日付記事“Malaysia secures over RM63b investments under National Semiconductor Strategy”を参照
インドネシア、タイ、ベトナムなど、マレーシア以外の東南アジアの主要国も米中対立を半導体産業の自国への誘致の好機と位置付けて産業政策を推進している。
特にインドネシアは、バタム地域を中心としてマレーシア同様に1990年代から主に車載向けパワー半導体メーカーの後工程拠点として発展してきた。こうした用途産業との連携の観点からも半導体産業誘致が検討されている。
一方タイでは、前首相のペートンタン・シナワット氏(2025年8月29日に失職)を委員長として国家半導体・先端電子工学政策委員会を設置し、政府としての半導体産業振興政策を推進している。タイはもともと、日系をはじめとした自動車関連製品の一大製造拠点であり、車載を中心とした電気/電子部品の生産の集積地でもある。こうした自動車関連の産業エコシステムや市場を基盤として、これらに親和性の高い半導体後工程を誘致しようとしている。同様に、新興の工業品製造拠点として発展が著しいベトナムでも、近年集積しつつある電子機器関連産業と連携させた半導体産業の育成政策が「半導体国家戦略」として制定され、産学連携の下、半導体人材育成や外資メーカーの誘致などが推進されている。
東南アジア主要国は、自動車、家電、PCなどの生産拠点でもあることから、半導体についても最終製品市場に近いという点で特に後工程との親和性が高い。また、マレーシア、インドネシアは歴史的に後工程拠点として発展しており、製造インフラはもとより一定の技術人材も有している。
一方で先端パッケージングに対応するためには、従来の設備や技術では不十分であり、特に設計開発も含めた先端技術人材を大量に確保する必要がある。この点はトップランナーのマレーシアを含め東南アジア主要国が後工程を誘致/強化する上で最も大きな課題といえる。例えばマレーシアでは、MSIA(Malaysia Semiconductor Industry Association)の発表によると6万人の半導体人材が不足しているとされる※9)。これに対してマレーシア政府は、STEM教育の強化に取り組む方針を打ち出しているが、その効果が顕在化するまでには一定の時間がかかるだろう。
※9)ISIS報告書(2024年4月)“Malaysia's semiconductor ecosystem amid geopolitical flux”を参照
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