デジタル基盤で地域の活力を開放 産官金で支える「立地 即 デジタル化」とは中小製造業の生産性向上に効く! ERP活用の最前線(4)(2/2 ページ)

» 2025年06月06日 06時00分 公開
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地域性を生かした産業で生活圏を豊かにし、安定した地域社会をつくる

 本稿執筆時の2025年5月現在、日本は大企業の新卒を対象にした空前の賃上げの最中です。この影響は地方/中小企業には深刻で学校を卒業した若者が大量に流出する地域も出ています。「地元の学校から新卒を採用できなくなった」という切実な声を筆者は何度も聞きました。地域の企業が高収益体質になり給与水準を高められればこの流れに抗することもできるでしょう。「地域の人口流出のダム」になり得るのです。

 モノづくり産業には、地域ごとに個性や特殊性があります。地域内連携の取り組みでは地域特性を踏まえていることが理想的です。2つの具体例を紹介します。

(1)食品製造業界

 モノづくりというと金属加工や自動車/機械産業をイメージすることが多いと思いますがこれは大手メーカーのサプライチェーンが確立されている太平洋ベルトの話です。それ以外の地方では食品製造が盛んです。農作物や果樹の加工業、豊かな漁場の港周辺には必ず水産加工品業が集積し店舗やECで消費者に販売する生業(なりわい)が地域の雇用を守っています。

 生産性に目を向けると1970年代以降自動車製造業は緩やかに生産性を上昇させてきましたが、食品加工業では生産性の下落に歯止めがかかっていません。これは「経営へのデジタル/ITの活用度は大都市からの距離と企業規模に反比例する」という筆者の仮説と符合します。筆者らは宮城県の名産品である笹かまメーカーへCMEsを通じて経営へのデジタル/ITの活用、全体最適化/経営の見える化を支援しています。

食品製造業の生産性 食品製造業の生産性[クリックで拡大] 出所:農林水産省「食品産業生産性向上のための基礎知識」を基にアクセンチュア作成

(2)宮城県で進行中の「製造業デジタルインフラ みやぎモデル」

 地方では今も大手製造業の誘致が盛んです。「重くて厚くて大きい」産業の場合、関連のサプライヤー企業も進出し初期投資、雇用、生活などで大きな経済効果が見込めるからです。誘致/進出企業に対して行政は税制優遇や地元採用人数に応じた奨励金などで支援しますが、この連載で語ってきた「経営の見える化」のような支援は筆者の調べた限りありません。結果、本番生産が始まって数年後にどんぶり経営化し「生産性が向上させたい、どうすればよいか」と相談に駆け込むことが後を絶ちません。

 進出への向き合い方を大企業/中小企業で比べると好対照です。大企業は新拠点の設立を全社変革の好機と捉え経営の見える化/全社最適化に取り組みます。その結果新工場が本社工場より洗練された可視性の高い工場になります。一方、中小サプライヤーは用地取得、建屋建設、設備購入、現地採用で支出がかさみ経営の見える化には意識も手が回りません。本社のどんぶり経営システムのコピーを新拠点に持ち込むことになります。このためどんぶり拠点が増殖します。工場は一度稼働するとそこから抜本的な改革を実行することは難しくなります。どんぶり経営が長期固定化する素地が作られるのです。

 筆者らは中小企業も進出時点で経営の見える化/デジタル化することを提唱しています。これを「立地 即 デジタル化」と呼びます。アクセンチュアは2024年の仙台拠点設立を機に2024年6月5日、宮城県と「デジタル・データ活用推進に関する連携協定」を締結しました。この協定に基づき宮城県に進出する企業にはどんぶり経営に陥るのを避けるため進出時点で経営の可視化を行うよう啓発する取り組みを行っています。

「立地 即 デジタル化」の概要 「立地 即 デジタル化」の概要[クリックで拡大] 出所:アクセンチュア

 中小製造業の「立地 即 デジタル化」を阻む要因は知識と資金の2つです。1つ目の知識については、誘致時点で経営者に正しい知識を伝えることが有効です。行政は従来「相談があったら対応する」が支援の基本スタンスです。しかし誘致では「相談がなくても提案する」ことが必要です。立地後どんぶり経営で過ごすか高収益体質企業で過ごすかの分水嶺は進出時に決まるからです。

 2つ目の資金も中小企業だけでは解決できません。経営者は「経営の可視化」の必要性/効果を理解しても資金面から「後で、いつか、やれたらやる」と考えてしまいがちです。今日の製造業にとってデジタルは道路や土地、電気や水と同じインフラの一つです。とすれば進出企業にインフラを提供するのは行政の役目です。デジタルを工業用地にセットすれば企業は操業直後から高収益な経営が可能になります。

銀行員がコンサルタントに? 金融機関が中小製造業を支援する新しい試み

 地方/中小経営者と対話すると多くの方が「経営を相談できる相手がいない」という悩みを話します。経営者は想像以上に孤独な環境にいるのです。

 経営者を取り巻く登場人物の中で地域の金融機関は経営者と直接話せる貴重な人です。しかし、製造業の業務内容まで熟知している銀行員は僅少です。支援には製造業の業務知識、管理会計、ITデジタルなど幅広い知識が必要ですが、金融機関はこれらとは遠く両者の世界観は大きく異なるからです。

 もし地域の金融機関が経営者を直接支援できたらどのような未来になるでしょうか。その地域で長い付き合いの銀行員が製造業企業の健康診断を行い、経営者へ生産性改善のアドバイスする世界観です。

 既に関西のある金融機関はこの問題に踏み込み始めています。融資先の本業に入り込み泥臭く支援するという従来の金融機関のイメージを覆す取り組みです。ツールはアクセンチュアが提供、共同でプロジェクトを推進し経験値を積むスキームです。アクセンチュアは志と覚悟を持った地域の金融機関の支援を日本各地で進めることで、その先の中小製造業の高収益化を支援しているのです。



 中小製造業の生産性向上によって日本全体が豊かになる日は決して遠くはありません。ERPに蓄積された経験値/方法論をCMEsに結晶化させ地方/中小製造業企業に届け、中小製造業自身が地域性ある生業でより稼げるようになること。これが地方の課題を解決する鍵です。CMEsは日本の地方を豊かにするためのひたむきな取り組みなのです。(連載完)

相川 英一(あいかわ えいいち)

アクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部 マネジング・ディレクター。インテリジェント ソフトウェアエンジニアリング サービスグループ兼アクセンチュア・イノベーションセンター福島 センター統括。主に自動車や機械製造、物流、小売といった製造・流通業のSI開発やシステム刷新、合併・統合など大規模プログラムでプロジェクトマネジメントを担当する。特に自動車業界向けのコネクティッド領域など先進技術を活用した案件を得意領域とする。


佐々木 学(ささき まなぶ)

アクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部 アソシエイト・ディレクター。2008年アクセンチュアへ入社し、一貫して大手製造企業の基幹業務改革・システム構築プロジェクトに従事。企画から構築・運用まで幅広い経験を有し、構築に携わったプロジェクトはすべて稼働のうえ安定化までやり遂げている。2019年から中小製造業の面的生産性向上プロジェクトであるCMEsを立ち上げ、全体リードを務める。


鈴木 鉄平(すずき てっぺい)

アクセンチュア テクノロジーコンサルティング本部 シニア・マネジャー。アクセンチュア・イノベーションセンター福島、アクセンチュア・アドバンスト・テクノロジーセンター仙台。慶應義塾大学法学部法律学科卒業、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。日系、外資系コンサルティングファームを経て2018年アクセンチュア入社。2020年東京から出身地の仙台にUターン移住。以後CMEsプロジェクトに従事、全国の中小製造業経営者への普及啓発リードを務める。


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