お好み焼きの作り方からリチウムイオン電池の電極製造工程をイメージしてみよう今こそ知りたい電池のあれこれ(31)(2/3 ページ)

» 2025年04月03日 09時00分 公開

電極製造工程の詳細

スラリー作製

 まずは、スラリー作製です。この工程では「活物質」「導電助剤」「バインダー」を適切な溶剤と混合し、粘弾性を持った合材塗料であるスラリーを作製します。ここでは、お好み焼きの生地にダマを作らないと同じように、各材料をいかに均一に分散させるかが重要です。

 化学的安定性の観点からは、スラリーへの不純物や水分の混入に注意をする必要があります。また、各材料の分散度合いとそれによって変化するスラリーの粘弾性は、電極の特性や次工程以降の生産性に大きく影響を与えます。

 スラリーの粘弾性管理とそれが与える影響については語り始めると本当にきりがないため、今回の文中では詳細な説明を割愛しますが、興味とお時間のある方は「スラリーのレオロジー」でインターネット検索や文献調査をしてみることをお勧めします。

塗工

 次に、スラリーを金属箔(集電体)に塗布する塗工工程です。スラリーを均一に塗布することは、この後の乾燥工程の処理のしやすさに直結し、電極全体の機械的強度と化学的安定性を確保するために重要です。ホットプレートの上に広げたお好み焼きの生地の厚みにムラがあれば、焼き上がりに影響が出ることは想像するに難くありません。

 この塗工工程での塗工厚や面積は電池の全体的な性能を左右しうるため、塗工速度やスラリー吐出量の適切な管理が求められます。

乾燥

 スラリーの塗工後は、乾燥炉を通してスラリー中の溶剤を揮発させる乾燥工程に移ります。この工程では、乾燥の温度や時間の設定が極めて重要です。例えば、生産性向上の観点からは、高温処理での短時間乾燥が効率的ですが、過度な高温は電極材料に悪影響を与える可能性があるため、最適な温度と時間のバランスを保つことが重要です。

 お好み焼きの場合も、いくら早く食べたいからといって極端な強火で焼けば表面が先に焦げてしまいます。乾燥工程も同様に、単にスラリー中の溶剤を揮発させればよいというわけではなく、電極の構造や電池の性能への影響を考慮した最適な乾燥条件の選定が必要になります。

 お好み焼きの焼き時間の適切な調整が、適度にふんわりとした食感のおいしい焼き上がりを実現するために必要なことと同様に、乾燥工程では温度と時間のバランスを保つことで、電極内の材料分布を均一に保てるのです。

 乾燥工程の間、金属箔上のスラリーの中では、溶剤の揮発、バインダーの拡散、材料粒子の沈降という3つの状態が同時に進行しています。これらのバランスが電極の最終的な構造と特性を決定し、最終的には電池全体の特性にも寄与します。

 乾燥速度が速すぎるとバインダーが電極の表面に偏在し、内部のバインダー分布が不均一になる現象が確認されています。この現象は「マイグレーション」と呼ばれ、電池性能に悪影響を及ぼす可能性があります。※)

※)豊田中央研究所「リチウムイオン電池電極の乾燥過程の構造形成挙動を明らかに

 マイグレーションによる電極表面へのバインダーの偏在によって生じる最も大きな影響の一つが「密着力の低下」です。各材料の結着を担う高分子材料であるバインダーの添加率や分散状態が全く同じスラリーを塗工したとしても、マイグレーションによってバインダーが電極合材の上部に偏在してしまえば、電極合材中の各材料成分同士や、合材と金属箔との間での十分な接着強度を保てなくなります。その結果、電極としての「機械的強度」や、電池としての「長期耐久性」の低下にもつながりかねません。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.