再びスポンジを使った想像に話を戻しましょう。例えば、厚みが全く同じ2枚のスポンジがあるとします。
一方は無数の孔が空いてフワフワとした柔らかいもの、もう一方は目立った孔もなくガチガチに硬いものだとしたら、いくら「厚み」が一緒といえども「保水力」と「浸透力」に差が出てくることは想像するに難くありません。
つまり「保水力」と「浸透力」を左右するのは「厚み」という一つの長さ方向のパラメーターだけではなく、どれだけ孔が空いているかという「多孔度」や、どれだけスポンジの中身が詰まっているかという「密度」なども関わってきます。
また、単に孔がたくさん空いていてスカスカとしているならば、必ずしも「浸透力」が高いというわけでもなく、おそらくはスポンジ内で無数の穴がどのように繋がっているのかという孔の「連結性」、すなわち空間内における理想的な細孔分布というものも影響するであろうことが想像できます。
スポンジの例え話を踏まえ、あらためて「高エネルギー密度」と「低抵抗」を左右する設計を電極構造の視点から考え、整理してみます。
スポンジの厚み、すなわち電極合材層の厚みが増えれば、スポンジの「保水力」に相当する電池の「容量」は増える一方、スポンジの「浸透力」に当たる電池の「入出力特性」は低下します。もし厚みが同一であれば、単位面積当たりの合材量が多く、合材中の多孔度が少ない方が「エネルギー密度」は増えるものの、併せて「抵抗」も増大してしまいます。
つまり、電極合材層の厚みや単位面積当たりの合材量、そして形成された合材層の多孔度などによって決定される密度といった種々のパラメーターというのは、電極における「エネルギー密度」を「増やす」ものは「抵抗」も「増やす」傾向にあり「高エネルギー密度」と「低抵抗」、ひいては電池の「容量」と「入出力特性」がトレードオフになることがわかります。
こういった電極構造を決定するパラメーターの多くは、前回もご紹介した電極の「製造工程」が大きく関与しています。
「活物質」「導電助剤」「バインダー」を適切な溶媒と混合し、粘弾性を持った合材塗料である「スラリー」を作成する工程では、スラリー中の各材料の分散性が最終的な電極合材中の各構成成分の分散性といった電極構造そのものにも直結するため、いかに材料を均一に分散させるかが重要になります。
このとき、電極材料の分散状態を左右するのは、ミキサーの混合時間や回転数といった混合手法に関わるパラメーターだけではありません。
例えば、ある研究においては、スラリー作成時に材料の導入順を変えるだけで、電極構造中に多孔質な導電性フレームワークが形成され、入出力特性が向上する事例が報告されています※1)。
※1)Wang, Ming, et al. "Effects of the Mixing Sequence on Making Lithium Ion Battery Electrodes", Journal of The Electrochemical Society, Volume 167, Number 10
電極の「塗工」と呼ばれる工程においては、合材塗料である「スラリー」を集電体となる金属箔の上に塗布し、乾燥炉を通してスラリー中の溶媒を揮発させることで、電極合材層を形成していきます。
単位面積当たりの電極合材量は、この工程で集電箔に対してどれだけの量のスラリーを塗布するかによって大きく変わるため、目的の電極設計を達成するためには極めて高い塗工精度が要求されます。
さらに、合材塗料である「スラリー」は乾燥が完了して溶剤が揮発するまでは固体と液体が分散/混合された状態であるため、集電箔の上で各材料成分の拡散や粒子沈降が絶えず進行しています。そのため、電極合材中の各構成成分の分散性といった電極構造を管理し、目的の電極設計を実現するためには、用いる材料種や電極組成に応じ、適切な乾燥の温度や速度を設定していく必要があります。
また、ここまで述べてきたような「スラリー」を合材塗料として用いる従来製法、いわゆる「ウェット」な塗工方法では、合材層を厚くするのが難しく、実現可能な塗布厚に制限が発生するという面もあります。
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