問題は、いかにこうしたプロジェクトを長期にわたって持続させていくかです。10年ビジョンを作る意味はここにあります。具体的な目標をもってプロジェクト化できるのは、平均で3年、長くて5年です。その先は組織が変わり、環境が変わり、技術が進歩しますから、次のプロジェクトに引き継がれないといけないわけです。
連載第10回の「経営層からのメッセージや文化的側面の例」で紹介している、P&G、Caterpillar(キャタピラー)、Pratt&Whitney(プラット&ホイットニー)の例は、経営層がしっかりとしたビジョンを伝え、それを実現する文化が根付いていれば、20年にもわたる長期的なプロジェクトを遂行できることを示しています。特に、筆者がウォッチしてきたキャタピラーの「Virtual Product Development(VPD)」を例に説明を加えましょう。
検索可能な公開情報によれば、キャタピラー社内ではSimulationのことを、VPDと称しており、VPDという名前の部署や役割が存在します。このことからも、Simulationが単なる技術ではなく、設計プロセスと一体化された総合的な取り組みとして、全社に理解されていることが分かります。そして、このVPDプロジェクトは、その歩みをたどっていくと、何と2000年代初頭から始まっていたのです。まさに、開発プロセスの中に根付いたSimulation Governance的活動の典型例といってよいでしょう。VPDはもはやプロジェクトを超えて、会社文化にまで浸透していると理解できます。
さて、本連載で紹介してきた事例は、何ら特別なことを行っているわけではなく、その企業でしかできない条件や技術があるわけでもありません。強いて言えば、トップのビジョンに説得力があり、実現可能なプロジェクトに落とし込んでいることが出発点で、そのメッセージを次の世代の経営層が明確に理解し、より強力に継続していることです。そして、既存技術である「PIDO(Process Integration and Design Optimization)」「SPDM(Simulation Process and Data Management)」を徹底して使いこなしている点も大きな差につながっています。さらにその徹底さを、10年、20年とずっと持続しているわけです。
ほとんどの企業では、いかに優れた技術でもそれを使いこなせるのは一握りの優秀なエンジニアと限られた部署で、会社全体に広がりませんし、そうした利用者のノウハウが引き継がれることもなく、新たな利用者が育つこともありません。要は、技術を個別プロジェクトや製品向けの便利な道具として捉え、一過性の技術適用で終わっていること、会社全体の汎用(はんよう)的な技術開発/適用にまで至らないことが一番の問題なのです。“技術力の差ではなく、技術を使いこなす熱意の強さと継続の意思の強さの違い”なのです。
そのことを分かりやすく説明しているのが、図3の「蓄積された企業体力=企業力の積み立て投資」です。昨今「NISA」がトレンドになっていますので、長期積立投資をイメージした絵にしてみました。真ん中の青色の線は“投資金額=努力した仕事量”に相当します。仕事量が着実に成果を生んでいけば(利率により増えていけば)、緑色の線のように「蓄積/活性化された企業体力」が付くでしょう。そのためには、
ことに尽きるのです。成功している事例には全てこの原則が当てはまります。
一方、残念ながらうまくいかない例もあります。赤色の線で示すように、
ということになると、せっかく費やした仕事量に対して、その成果が増えず、「疲弊した企業体力」のみが残ることになります。実際のところ、そうした企業を目にする機会の方が多いのが現実であり、とても残念でなりません。
Simulation Governance活動に取り組むということは、まさに「蓄積/活性化された企業体力」を作り込むための、きっかけとなり、手段を考え、実践するプロセスとなります。
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