3Dプリンタで成形する複合材料は世界を変えるか?複合材料と3Dプリンタのこれまでとこれから(1)(3/4 ページ)

» 2024年05月16日 08時00分 公開

機械設計で重要なこと

 続いては複合材料を成形できる3Dプリンタを利用する上でなぜ強度データが重要なのかをお話しましょう。まず、設計のごく簡単な概念を説明します。機械設計では、目的の機能を満足する形状を考えると同時に想定される負荷(外力)に耐えるデザインを必要があります。

 負荷に関して一例を挙げると、太い麻紐(あさひも)と細い麻紐のどちらが負荷に強いかという問いに多くの人は太い麻紐と答えるでしょう。というのも、負荷に耐える能力は断面積で変わると多くの人が知っているからです。そこで、材料力学では単位面積当たりの力を使って評価します。単位面積当たりの力とは応力です。応力はギリシャ文字の小文字のシグマを使って表現しますが、ギリシャ文字はなじみがない読者もおられると思いますので、ここではアルファベットのSを使うことにします。

式1 応力の式 式1 応力の式

 この負荷応力(S)が材料の基準強さ(Sm)を超えると材料は使用できなくなります。基準強さとは、変形が重要な場合には塑性変形開始応力(耐力または降伏応力)で、破壊の場合には破断応力で、疲労破壊では疲労限度となります。

機械設計の安全率とは?

 ところで、実際の機械構造では想定した通りの荷重が負荷されるわけではありません。また、材料も100%の確率できっちり同じ応力で使用できなくなるわけでもありません。実際には荷重と基準応力は分布しています。これを模式的に図7に示します。図7では、縦軸が確率密度であり、横軸が確率変数である応力です。負荷応力(S)が材料の基準強さ(Sm)より小さくても(図7内でSがSmより左側にあっても)、負荷応力や材料の基準強さには分布があるので、黄色で示した領域では負荷応力が材料の基準強さ以上になってしまいます。

図7 破壊確率の説明 図7 破壊確率の説明[クリックで拡大]

 実際にはこれを避けるために構造の板厚を増して負荷の応力を小さくします。負荷の応力を小さくした分布図を図8に示します。図8のように、板厚を増して応力を下げた負荷の分布は(式1から、断面積を増やすと分母が増えて応力は減り)、左に移動します。すると、負荷の分布と材料強度分布の重なる面積が減少します。これが破壊確率の減少を意味します。この負荷の応力を低くする割合を安全率(F)と呼びます。実際には負荷の応力を低くする割合の逆数を安全率と呼び、基準強さを安全率で割って、材料強度の目標値(許容応力)を低くします(強度を低くするわけではありません)。これを式で表現すると式2のようになります。

式2 許容応力の式 式2 許容応力の式[クリックで拡大]
図8 負荷を下げた時の破壊確率 図8 負荷を下げた時の破壊確率[クリックで拡大]

 これが機械系で学ぶ安全率に基づく設計です。一般的に使われている安全率を表1に示します。この安全率の表を使って、機械設計をすることを日本国内の大学の機械工学科では教えています。

表1 安全率(F) 表1 安全率(F)[クリックで拡大]

 実は安全率には、3Dプリンタで複合材料を成形する際の問題を解決する秘密が隠されています。上記の表1をみると、「軟鋼の静荷重の安全率は3なのになぜ鋳鉄は4なのか」「木材はなぜ7なのか」「なぜ動的荷重だと安全率が大きくなるのか」と思われる方もいるかもしれませんが、実はこの安全率は経験に基づくもので、現在は統計的な検討で計算して安全率を求めることになっています。荷重や強度のばらつき、成形手法によるばらつきなどを考慮して安全率を計算します。

 このような計算手法は日本の機械工学分野ではほとんど教えられていません。これに対して、日本機械学会では部分安全係数のテキストが存在します[参考文献4]。また、強化プラスチック協会では実際に繊維強化プラスチックの設計に使われる部分安全係数をテキストで示しています[参考文献5]。これらの計算式を使えば、破壊確率を想定内に抑える設計ができるようになります。例えば、強化プラスチック協会のテキスト「基礎からわかるFRP」[参考文献5]では、複合材の安全率は式3で示される部分安全係数で算出されると紹介されています。

式3 部分安全係数 式3 部分安全係数 出所:基礎からわかるFRP

 式3では、基本の安全率(F0)、材料特性値の信頼度係数(L1)、構造の用途重要性係数(L2)、外力荷重の推定の不確定係数(L3)、構造計算の精度係数(L4)、成形プロセスに依存したばらつき係数(L5)を用いて安全率(F)を算出します。

 このように材料強度の統計的分布が分かっていれば破壊確率を統計的判断に基づいて低くすることができます。「3Dプリントした材料はボイドがあるから使えない」とか「強度異方性があるから使えない」とか言われますが、実は「強度データが圧倒的に少ない」ために設計に必要な統計分布が得られていないだけなのです。各種方位の強度データが多数あれば、異方性に基づく設計も可能となります。統計的データが得られれば、破壊確率を従来金属部品並みに抑える設計ができます。

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