要求仕様定義で最も致命的なバグが、「自分が正しいと確信しているが、実は正しくない」というケースです。自分が正しいと信じているので、相手に問い合わせません。例えば、駅の話だと、「間もなく1番線に新橋行きの急行電車が参ります。危険ですので、黄色い点字ブロックの内側でお待ちください」というアナウンスを聞くと、常識のある乗客には「電車から離れないと危険だ」との思いがあります。この基本的な考えを鉄道会社側と共有しているので、黄色い点字ブロックから後ろに下がります。
しかし、鉄道の安全運航の共通認識がない場合、誤解した乗客が「え、黄色い点字ブロックの『内側』にとどまらなきゃならないの? 幅が30cmしかない点字ブロックの『内側』に立つのって大変だよ」と考える可能性があり、危険な状況になりかねません。そういった状況に陥らないように、発注側と開発側が共通認識を構築する手段がヒアリングです。「なぜ、そんな機能が必要なのか?」を理解する基本がヒアリングなのです。
ヒアリングは、発注側の要求を引き出す作業ですから、きっちりヒアリングしないと要求仕様書の品質に大きな影響を与えます(全作業関係しますが)。どのようなことか、下記の例題で考えてみましょう(一部実話)。
このやりとりは、ワインの配送を通常便と冷蔵便(冷やした状態で配送するか)のどちらで行うかを示したやりとりです。しかし、ここでは下記の詳細をヒアリングする必要がありました。
このように話を深堀しておかないと、後々問題となる可能性があります。
その結果、きっちりヒアリングしないことで、要求仕様書の曖昧、抜け、漏れにつながります。設計の初期段階にこれらを見つけられればよいでしょうが、筆者はこのような話が開発終了後のリリース直前に見つかることとなり、反省しました。
今回は、要求仕様フェーズの中のヒアリングに着目しました。ヒアリングは、発注側の夢と希望の詰まった要望を確認し、実現可能な要求にするフェーズです。この際、発注側の話を深堀し、合意をしておかないと、要求仕様の品質に影響を与え、後々慌てることになるので、注意しましょう。
筆者の経験上、開発担当側から見ると、発注側はお客さまということから少し高圧的に見えるかもしれません。そんな時でも、「聞かぬは一生の恥」と考え、きっちりヒアリングすることをおススメします。
要求仕様書がキチンと書ければ、ソフトウェア開発の半分が成功したと考えて構いません。人類史上、最大のコンピュータシステムであるみずほ銀行の「MINORI」の開発は、2004年から2019年までかかっています。16年間で、4500億円、35万人月を投入した巨大システムですね。開発の16年のうち、要求仕様の決定だけで7年もかかっています。要求仕様書がキチンとできれば、後は時間とコストを注入すれば、必ず正しいシステムが完成します。この「正しい要求仕様書」の第一歩となるのがヒアリングです。
ヒアリングには、時間とコストがかかります。機能追加や応答性能向上のように、第2バージョン以降の開発であれば、致命的な誤解は発生しませんが、第1バージョンの場合で、しかも、自分が熟知していない分野のソフトウェア開発では、慎重になり過ぎることはありません。くれぐれも、「黄色い点字ブロックの内側」に立たないようにしましょう。
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東海大学 大学院 組込み技術研究科 非常勤講師(工学博士)
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