前ページで挙げた課題を抱える製造企業に向けて、ユーザー視点をベースとした体験、意匠性、機能性を三方並立で同時に構想と検証を進めるアジャイルな製品開発のアプローチを提案したい。これはつまり、リーンスタートアップの概念に「デザイン思考」「Jobs to Be Done」「アジャイル製造」という3つをミックスした独自のフレームワークだ。
デザイン思考は、ユーザー視点のアプローチに基づいた製品/サービス開発手法であり、ユーザーのニーズを理解しそれに応じた前例のない製品やサービスを開発することを目指す。Jobs to Be Doneは、ユーザーが抱える問題や欲求およびその解決策を探る手法で、ユーザーの「ジョブ(仕事)」を分析し、そのニーズに合った製品/サービスを提供することが目的だ。開発者とユーザーが密にコミュニケーションをとりながら、少しずつハードウェアの意匠性とソフトウェアの機能性を試作開発/検証していくアジャイル製造は、ユーザーのニーズや市場の変化に柔軟に対応することが可能だ。いずれも単体ではこれまでも知られた手法だが、長所をうまく組み合わせた相乗効果により、前述した所々の課題を解決するさまざまな製品やサービスの開発を実現できる。
本フレームワークを絵に描いた餅で終わらせるのではなく現場で実践するためには、プロジェクト開始時点から、異なるスキルやさまざまなバックグラウンドを持つチームメンバーの協力とコミュニケーションを密にするアジャイル/スクラム開発体制の構築が重要だ。
試作開発時には、インタビューや観察、データ分析、マーケットリサーチなどの情報を収集してユーザーのニーズをより明確に把握する「UXデザイナー」、ハードウェアからソフトウェアまでフルスタックに担当してアジャイル開発の短いイテレーションサイクルにおいてプロトタイピングと製品の実装バランスを取る「エンジニア」、サービス企画から新たなビジネスモデルへの転換まで考える「ビジネスコンサルタント」が三位一体でアイデアを素早く反映してコンセプトを早期実現すると良いだろう。この体制により、ユーザーの意見を反映した体験ストーリーの策定および試作開発時の迅速な改善が可能となり、製品購入時にユーザーが機能や使い方に困って離脱するポイントを極力排除することが可能になる。
実証実験/商用システム開発時においては、本格展開に向けてオフショア/ニアショアも活用しつつ、高品質なサービスを安定的かつ安価に提供し、案件に応じた開発手法でスケールを効かせる。例えば、グローバル展開のプロダクト案件については、グローバルの知見を効かし、各国のセキュリティ/プライバシーに準拠した実装を行うことも肝要だ。
商用ローンチ後は、次案件の開発の傍らでクラウドを活用した厳密なロット管理(デバイスごとのID管理や、ファームウェア/セキュリティパッチ適用状況の把握など)を実現しつつ、データ分析に長けた人員が、ユーザーの利用実績やSNS投稿などから情報分析を実施し、PDCAを回して継続的な改善を実現する運用保守体制を構築する。これによって、例えばテスラのように、無線通信を用いてソフトウェアアップデートを行うOTA(Over the Air)で購入後もボタン一つで車両を進化させられたり、リモートでバッテリー診断を行うことで、バッテリー問題を抱える車両の顧客に対して事前に通知したりする顧客体験が実現可能となる。
日本の製造業は、世界的に高い技術力と品質を誇り、多くの優れた製品を世界に送り出してきた。しかし、今後ますます激化するグローバル競争に対応するためには、自動化やIoT、AIなどの最新技術を活用した新しい価値の創造や生産性の向上が欠かせない。また、製品のローンチ後もユーザーの声を収集してデータ分析することで、継続的にユーザーニーズを反映した製品やサービスの開発につなげることも大切だ。日本の製造業がより一層発展し、世界に誇る技術力と品質を維持しながら、新しい価値を創造し続けるために、筆者もその一助となり支援し続けていきたい。
中原 健一(なかはら けんいち) アクセンチュア株式会社 インダストリーX本部 シニア・プリンシパル
東京工業大学大学院で工学修士を取得後、大手通信キャリアでスマートフォン、フォトフレーム、見守りデバイス、ロボットなどさまざまなプロダクト/サービスの開発を経験。その後、大手IT企業でAIスピーカーのプロダクト企画/開発を経て、2019年2月にアクセンチュアへ中途入社。製造業、エネルギー、家電、小売りなど、幅広い業界へデジタル技術を活用した次世代サービス/プロダクト展開を支援。マサチューセッツ大学経営学修士。
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