Nano Terasuの全貌、住友ゴムはゴム材料の化学情報をリアルタイムに取得研究開発の最前線(2/3 ページ)

» 2023年11月30日 08時30分 公開
[遠藤和宏MONOist]

民間企業が使える7本のビームラインとは?

 コアリション利用の7ラインは2本の「軟X線電子状態解析(BL07UとBL08U)」や「X線オペランド分光(BL09U)」「軟X線イメージング(BL14U)」「X線コヒーレントイメージング(BL10U)」「X線構造-電子状態トータル解析(BL08W)」「X線階層的構造解析(BL09W)」から成る。

 特に活用が期待されるビームラインはBL10Uだ。BL10Uは、大阪大学で開発された「Advanced Kirkpatric-Baezs集光鏡」、理化学研究所で開発された次世代画像検出器「CITIUS」、放射光施設「SPring-8」(兵庫県佐用町)に設置されていたテンダーX線ナノスコープを改造したものなどを備えており、テンダーX線や硬X線に対応しさまざまなイメージング(サンプルの情報を測定して画像化/視覚化すること)が行える。「BL10Uで利用できるテンダーX線の明るさはSPring-8の設備と比べ40倍だ」(高橋氏)。

コアリションビームラインの整備状況(左)と「X線コヒーレントイメージング(BL10U)」のイメージ(右)[クリックで拡大] 出所:東北大学

 また、BL10Uのイメージングでは新手法「三角形開口を用いた動的コヒーレント回折イメージング」を採用している。同イメージングでは、三角形開口、フレネルゾーンプレート、オーダーソーティングアパーチャーを介して放射光をサンプルに照射し、サンプル内部の状態を映し出して、CITIUSで高精度に検出する。この手法は、タイヤ用ゴム内にあるシリカ粒子の運動の動画撮像や硫黄の化学状態が変化する様子の可視化を実現すると期待されている。

 加えて、位相がそろった放射光(コヒーレントX線)をタイヤ用ゴムのサンプルに放射できる。これにより、サンプルの微細な構造を反映した小角X線散乱パターンや広角X線散乱パターンの情報を得られる。これらのデータを用いて位相回復計算を行うことにより、計算機上でダイレクトにサンプルの構造を再現し、サンプル内のポリマーやフィラー、添加剤、硫黄架橋の状態を可視化できる。

 高橋氏は「これまでの方法では、位相がそろっていない放射光を用いてタイヤ用ゴムサンプルの小角X線散乱パターンや広角X線散乱パターンの情報を取得した後、各パターンから散乱スペクトルを収集し解析。次に、解析により得られたデータに基づき、ゴムサンプル内のフィラーの構造をモデルで構築し仮定する。そのため実際のサンプルの構造は分からなかった」と語った。

「三角形開口を用いた動的コヒーレント回折イメージング」(左)とBL10Uを用いた放射光計測のイメージ(右)[クリックで拡大] 出所:東北大学

 なお、コヒーレントX線を用いてサンプルの構造を可視化することはSPring-8でも行われている。SPring-8では、自動車排ガス浄化触媒システムで利用されている助触媒材料のセリア・ジルコニア固溶体に放射光を照射し、セリウム(Ce)の価数を可視化することで、酸素拡散の状態を調べた。その結果、高い性能を持つ助触媒材料の設計で役立つ情報が得られた。

 さらに、SPring-8では以前に、放射光とテンダーX線ナノスコープを用いてリチウム硫黄電池の正極材料における初期、放電後、充電後の状態を可視化した。その結果、正極材料の活物質間の隙間に電池の劣化に関わる反応生成物が局所的に分布していることが分かった。この研究で利用されたテンダーX線ナノスコープは改良を施された後、BL10Uに移設されている。

SPring-8でテンダーX線ナノスコープを用いて行われたセリア・ジルコニア固溶体の機能可視化(左)とリチウム硫黄電池の正極材料内の硫黄の可視化(右)[クリックで拡大] 出所:東北大学

 BL10UのテンダーX線ナノスコープは、SPring-8に設置されていた時より入射強度が100倍以上高い他、50nm以下の空間分解能を実現している。さらに、これまでは難しかった3Dモデルでの状態の可視化や充放電過程の見える化も行える。「こういった特徴を生かして、タイヤ用ゴム中にある硫黄における状態の可視化にも挑戦する」(高橋氏)。

 BL10UのCITIUSは、1光子の感度と1秒間に1画像あたり最大108個の光子を計測できる。これにより、タイヤゴム中の直径30nmのコロイダルシリカを観察することにも成功している。

BL10Uに搭載された「CITIUS」のイメージ[クリックで拡大] 出所:東北大学

 Nano Terasuのロードマップについて、2023年4月27日に線型加速器で定格3GeVの電子加速を達成し、同年6月16日に円型加速器で3Gevの電子蓄積に成功している。同年9月5日にBL08Wで、同月6日にBL09Wでの放射光の発生を初観測。同月15日にBL09Uで、同月20日にBL10Uで放射光の発生を確かめている。同年10月〜2024年1月に導入光源のコミッショニングを行い、2023年12月上旬に各ビームラインに放射光を導入する(ファーストビーム)。2024年1〜3月にビームラインの光学系をコミッショニング。同年4月にコアリションビームラインの利用をスタートする。

Nano Terasuのロードマップ[クリックで拡大] 出所:東北大学

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