IoT(モノのインターネット)市場が拡大する中で、エッジ側の機器制御で重要な役割を果たすことが期待されているリアルタイムOS(RTOS)について解説する本連載。第40回は、ボーイングやエアバスをはじめ航空機で広く採用されているRTOS「Deos」と「HeartOS」を取り上げる。
「Deos」および「HeartOS」は、米国のDDC-Iが提供するハードリアルタイムOSである。このリアルタイムOS(RTOS)もなかなか経緯が面白い。DDC-Iは現在は本拠地をアリゾナ州フェニックスに構えているが、もともとはデンマークで創業した会社だ(図1)。
そもそもDDC-IはDDC Internationalの略で、そのDDCというのはDansk Datamatik Centerから来ている。このDDCは1979年から1989年にかけてデンマークに存在したソフトウェアの研究開発機関で、デンマーク大学 教授のChristian Gram氏(現在は引退)が同僚らと起こした組織である。このDDCは大きく2つの目的があり、1つがCHILL(CCITT High Level Language)言語の開発、もう1つが汎用プログラミング言語であるAdaのソフトウェア環境整備である。このもう1つの方は、ちょうどこの頃米国防総省がシステム開発にAdaを利用することを決め、さまざまな研究機関などにAdaのソフトウェア開発環境を推進するような援助を行っていた。こうした動きを受け、欧州でもCEC(欧州委員会)がAdaのコンパイラおよびランタイムの開発に資金を出すプロジェクトを決定。DDCもこのプロジェクトに入札し、契約を獲得している。
当初のターゲットはCR80D(Christian Rovsingが開発した16ビットミニコン)やOlivettiのM40 ST(“Olivetti M40”で検索するとタイプライターが出てくるが、そちらではなく4MHz動作の16bitミニコンである)などで、このためランタイムはコード80KB/データ110KBに収まることが求められた。Adaのターゲットとしては随分コンパクトというかローエンドの構成であるが、この当時米国防総省は全てのシステムをAdaで記述することをもくろんでおり、こうしたローエンド向けでもAdaが動く環境を提供することは重要だったのだろう。
DDCはこれに続き、1984年にはDECのVAX/VMS上で動作するAdaコンパイラの開発を行って認証を取得し、欧州で開発された(そして認証を取得した)最初のAdaコンパイラの座を獲得する。余談だが、DDCはAdaコンパイラの開発に当たってVDM(Vienna Development Method)と呼ばれる形式手法を利用して成功したため、この後欧州ではVDMを利用することがちょっと流行っている。
話を戻すと、この開発手法が注目されたことで、DDC OEM Compiler KitとしてAdaコンパイラシステムが販売される。最初のOEM先はNokia、次がHoneywell Information Systemsで、いずれも1984年中に契約が成立している。
こうしたビジネスの成功を受けて、DDCはAdaコンパイラのビジネスを分離、独立企業にすることを決める。これが1985年に創業されたDDC International A/Sであり、現在のDDC-Iの前身にあたる。そしてこのDDC Internationalで最初に手掛けたのがx86向けのAdaのクロスコンパイラである。イタリアのSeleniaという軍需機器メーカー(1990年にAeritaliaと合併してAlenia Aeronauticaとなるが、2012年に倒産)が製造していたMARA-860およびMARA-286という、8086および80286ベースのミニコンピュータ向けに開発されたが、このx86向けのAdaコンパイラとランタイムはその後も長くさまざまな企業に販売される。これに、先ほども触れたDDC OEM Compiler Kitが同社の主な商品となった。ちなみに、最初のコンパイラとランタイムはDACSという商品名となっている。1988年にはHoneywell Air Transport Systemsと共同で、DACSをAMDのAm29050向けに移植。これを利用したシステムはボーイング777のフライトコンピュータに採用されている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.