独自AI搭載のパンケーキ盛り付けロボットに、技術承継問題を解決する糸口を見た羽田卓生のロボットDX最前線(4)(3/3 ページ)

» 2022年11月11日 08時00分 公開
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人の動作をただ模倣するだけではない

 exaBase RoboticsにおけるAIアルゴリズムの開発アプローチは独特だ。その方式を「Lean by experience」という。一言で言えば、「まずは人がやってみて教える」という手法である。

 具体的にはゲームコントローラーなどを使った遠隔操縦や、人がロボットを直接手で動かすダイレクトティーチングによって学習データ生成を行う。この際、ロボットの動作時の関節角度情報(ロボットがどういう姿勢かを定める情報)だけではなく、ロボットの視野画像など複数種類のデータを合わせて学習させる。いわゆるマルチモーダルAIだ。さらに予測学習を行うことで、学習時点と多少環境が変わっていても自分でその誤差を吸収するために考えて作業できるようになる。

「Lean by experience」とは何か[クリックして拡大]

 マルチモーダルAIには非常に大きなメリットがもう1つある。学習回数を低減できるのだ。ロボットの学習手法によっては何十万回も繰り返し学ばせる必要もあるが、これがたった数十回で済む。簡単に言えば、人の動作をAIがまねる分、一から学ぶより圧倒的に少ない学習回数で足りる。

 現時点でexaBase Roboticsでは、下記表のような作業を自動化できる。粉体秤量も可能だ。具体的には瓶に入っている粉体を、適切な分量になるよう瓶内ですくってから払う動作にAIを適用することで自動化している。粉体と一括りで言っても、材料によってその性質は異なる。しかし、exaBase Roboticsではこの差異も吸収して計量することができる。

実現可能なこと 概要
タオルの折り畳み タオルのような柔らかく、形が一定でないものを把持し、折り畳むことが可能。現在タオル以外の対象物で商用化開発実施中。
不定形物認識 ばら積みされた部材などの認識が可能。ばら積みピッキングシステムとしてアプリケーション化。
初見把持 事前学習していない対象物を把持可能に。汎用物体把持AIシステムとしてアプリケーション化。
粉体/液体秤量 粉体や液体の秤量が可能。粉体は数ミリグラム、液体は数グラムオーダーの秤量実現。漢方・薬品の秤量自動化システムとしてツムラに導入済み
クレーン操縦の技能継承 除滓作業の検証を実施中

必要なデータを集められているか

 とはいえ、現時点でexaBase Roboticsには自動化が難しい領域も当然ある。自動化できるものとそうでないものの境目について、浅谷氏は「その作業を自動化するのに、必要なデータが十分に得られているかが重要だ」と説明する。

 例えば、クレーンを遠隔操縦する作業は作業者がモニターの映像越しに作業を行うので記録がとりやすく、クレーン車の機械装置からデータも取得できる。このため、クレーン作業の自動化は実現しやすい。一方で、「人が指先で繊細な感覚で行っている業務(ダイレクトマニピュレーション)は、現状においては、データを取得するセンサーがまだ不十分だ。データが取れないので、自動化は難しい」(浅谷氏)という。

 もう少し言えば、人が見聞きできる音や映像に加えて、作業に関連して用いる機械装置からのデータ取得が可能であれば、自動化を実現しやすいということになる。データなくして、ロボットのAI化は成し遂げられない。

AI化できる現場作業のポイント[クリックして拡大]

 浅谷氏は「そもそもデータを正しく取得、分析すれば、AIを使わずに解決できる課題も多い。本来不要なら、AIは使わない方が良い。なぜなら、AIはまだまだ運用面などで不安定な要素があり、そうした要素は排除すべきだからだ」と語る。DX(デジタルトランスフォーメーション)を行う前に、デジタライゼーション(Digitalization)が必要ということだろう。変革したい領域があるのなら、とにかくまずはデータ取得を進めるべきなのだともいえる。

ロボットの所作に固有名詞を与える

 さらに浅谷氏は自動化においてロボットの所作を定義することの重要性を説く。「ロボットに一連の作業全てを任せてはいけない。作業を細かく階層ごとに分類し、その中核になる作業だけをAIで自動化していく。当社では年に動作の名称定義を5、6種増やしており、これまでに100種ほどの動作バリエーションがストックできた」(浅谷氏)

 例えばexaBase Roboticsにおける粉体秤量では、下記に示したような一連の動作が行われる。

  • 粉体が入った瓶を取り出す。
  • シャーレなどの粉体を移すものを準備
  • 瓶の蓋を開ける
  • 瓶にさじを挿入
  • さじで粉体をすくう
  • 適切な分量になるよう粉体を瓶内ではらう
  • 分量をチェックする

 ポイントはこれらの動作を単にワンセットとして自動化するのではなく、それぞれのアクションを細かく分類し、抽象化することだ。つまり、「すくう」「はらう」など動作を1つずつ定義する。さらに、これらのアクションをLean by experienceの方式で学習させれば、一度学んだ動作を異なる環境でも再現しやすくなる。ロボットに何ができるかを導入環境によらず単語レベルで伝え合える未来が、近い所まで来ているように感じる。


 このパンケーキ盛り付けシステムに適用されたマルチモーダルAIは、飲食業界の盛り付け作業自動化にとどまらない可能性を秘めている。例えば製造業なら外観検査など、その他業界でも営業トークの良しあしや外科手術など、どんな業界にも人の曖昧な判断を要する作業は多く潜んでいると思われる。それらの現場では「長年の経験」「現場の勘」という言葉が頻出するが、これらもマルチモーダルなAIが徐々に、あるいは一気に解決していくかもしれない。

 熟練工の大量退職による技術伝承問題は多くの業界で課題として噴出している。解決までのリミットは「待ったなし」どころではなく、もはや危機的状況の最中にある。今回紹介したパンケーキ盛り付けシステムのような存在の導入を、それぞれの現場で本格的に検討すべきタイミングが来ている。ただ、浅谷氏の言葉の繰り返しになるが、まずは現場データを集めることから始めないと全ては進まないだろう。

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著者紹介:

ugo株式会社 取締役COO 羽田卓生(はだたくお)

1998年にソフトバンク入社後、出版事業部に配属。2007年のボーダフォン買収後は、通信ビジネスに主に従事。2013年、あらゆるロボットの制御を担う汎用の基本ソフト(OS)「V-Sido」を開発・販売するアスラテックの立ち上げ時より同社に参画し、現在同社のパートナーロボットエヴァンジェリストとして活動。2019年より、株式会社ABEJAに参画。2020年8月より現職。

任意団体ロボットパイオニアフォーラムジャパン 代表幹事、特定非営利活動法人ロボットビジネス支援機構(RobiZy)アドバイザーほか、執筆活動も行う。



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