けん玉から溶接まで――現実社会超えのVRトレーニングを目指すイマクリエイト越智岳人の注目スタートアップ(6)(3/4 ページ)

» 2022年10月24日 07時00分 公開
[越智岳人MONOist]

オープンイノベーションで製品化、エンタープライズに勝機を見いだす

 双方の才能にほれ込んで合併したが、当時はお互いに実績がないに等しい状況だった。川崎氏が開発したゴルフ用のVRトレーニングを売り込むも、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大によって軌道修正を余儀なくされた。

 コロナ禍の影響がなく、スポーツよりも大きな産業向けのVRトレーニングを考えた結果、目を付けたのが製造業だった。外部のメンターを通じて紹介を受けたのは神戸製鋼所の子会社コベルコE&M。山本氏らはけん玉VRを披露し、産業向けへの応用ができないか相談した。その際に溶接の研修に使えるのではないかという提案があったことから、PoC(概念検証)を進めることになったのだ。

 スタートアップの技術提案は、「すごい」と相手をうならせることはできても、それをどのように実用化するか、次のステップに進めることは難しい。これはスタートアップ、大企業双方にいえることだが、オープンイノベーションを成功させるには、この次の一手に歩を進められる落とし所を見いだせるかが重要となる。

 「コベルコE&Mでは、オープンイノベーション担当の方が社内にしっかりとネットワークを持っていて、現場の方と会う機会を早期に設けていただきました。打ち合わせの場でも『はじめはアーク溶接の下向きだけからやってみよう』と、MVP(要件を満たす最小限のプロダクト)としてのマイルストーンを早々に決められたことが大きかったと思います」(山本氏)

 溶接への応用が決まったとはいえ、イマクリエイトの開発陣にとっては未知の世界だ。必要な部品や溶接の基礎を学ぶところから始まり、開発陣自ら溶接を体験した。

 「溶接に限らず、ナップはエンジニアが身体に作業を染み込ませて、開発するというプロセスで取り組んでいます。溶接トレーニングの際、川崎は金曜日に参考書としてコベルコE&Mから渡された専門書数冊を土日のうちに読破し、月曜にはプログラムに反映するというスピードで開発を進めていました」(山本氏)

 体験と学習を繰り返しながら溶接の勘所を抑え、プログラムを改善/検証するというサイクルを継続した。当初、VRトレーニングシステムに懐疑的な声も上がったというが、開発が進むにつれて関係者の目の色も変わったという。山本氏らは製品化への手応えを感じた。

ナップ溶接トレーニング用のコントローラー。市販のHMDのコントローラーに溶接棒を模したものを取り付けている ナップ溶接トレーニング用のコントローラー。市販のHMDのコントローラーに溶接棒を模したものを取り付けている[クリックで拡大] ※撮影:筆者

 開発にはコベルコE&Mのベテラン溶接工も参加。これまで見て学ぶ以外の学習手段がなかったベテランの動きをデータ化できたこともソフトウェアの品質向上に大きく寄与した。こうして、半年に及ぶ開発期間を経て、ナップ溶接トレーニングは完成した。販売は神戸製鋼所 溶接事業部門と連携している。自分たちのみで販売せず、外部のパートナーを活用することはプロジェクト開始当初から決めていたという。

 「溶接のマーケットを一から開拓する体力はスタートアップにはありません。むしろ既に商流を持っている大企業に販売を委託し、自分たちは製品の改善にフォーカスするべきだと考えていました。スタートアップの開発スピードと、大企業が持つ資本とネットワークをうまく掛け合わせることがオープンイノベーションにおいては重要です」(山本氏)

 ナップ溶接トレーニングは、溶接を扱う企業や工業高校にも導入されている。今後は塗装や左官工事、さらには手術トレーニングなどへの応用も視野に入れているという。

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