取締役の指名権はどうする? CVCとスタートアップの株主間契約時の注意点スタートアップとオープンイノベーション〜契約成功の秘訣〜(12)(2/3 ページ)

» 2022年07月13日 08時00分 公開
[池谷翼MONOist]

CVC関係者がスタートアップの取締役に就任する場合

 経済産業省が発行する「事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き(第三版)」(27、46頁)では、CVCが(事業会社の)既存事業と同じように短中期的な時間軸での成果を求めることや、CVC担当者が定期的な人事異動により変わってしまうことが挙げられています。

 前者の課題については、取締役会や各種経営会議において、長期的な成長を見込む事業計画やその実行戦略よりも、短中期的売り上げや利益が出る事業計画などをCVCの担当者が重視しがちになるリスクがあります。スタートアップとしては自社の事業計画や経営方針に照らし、CVC(または事業会社)に取締役の指名権を付与するかは慎重に検討する必要があります。

 後者の課題については、取締役でもオブザーバーでも、急に担当者が変わると方針の一貫性を担保できないリスクや、スタートアップ業界への理解が足りない者が次の担当者になるリスク、その他コミュニケーションコストの増加など、さまざまなリスクが考えられます。CVC(または事業会社)に取締役指名権やオブザベーション・ライトを付与する際は、(確実な見通しをもつことは困難でしょうが)過去の運用などを踏まえて担当者と協議を重ねて検討すべきです。

事前承認事項/事前通知事項

 取締役指名権は、出資先のスタートアップの監督に役立ちます。ただ、取締役は出資先スタートアップに対して忠実義務(会社法355条)を負うため、投資家と出資先であるスタートアップの間で利害が対立したときは、スタートアップの利益にかなうように行動しなければいけません。また、投資家が指名可能な取締役の人数は限定されることが多く、投資家の指名した取締役が全体の過半数を占めるとは考えづらいでしょう。この意味でも投資家の利益を守るための監督が十分に機能するかは不明です。そこで一般的には、株主間契約において、幾つかの事項を投資家の事前承認を要する、と設定することが多くなっています。

 この事前承認の対象事項は、投資家による出資先スタートアップの監督の要請と、スタートアップの迅速かつ柔軟な意思決定の要請との兼ね合いで調整することとなります。通常、会社法上株主総会の普通決議(会社法309条1項)、特別決議(会社法309条2項)、特殊決議(会社法309条3項)を要する事項については、投資家が出資先スタートアップの資本政策を踏まえ、優先株などを用いながら意図的に出資比率を下げる方向で調整に協力します。これらは、事前同意事項とすることに合理性はあると考えられます。

 もっとも、事前承認の対象事項として議論される事項はこれにとどまりません。投資家の持分比率を維持するための事前承諾事項、投資判断を行う際の前提となった事実の変更に関わる事項(他の投資契約・株主間契約の締結、事業計画・予算案・資金調達計画の変更、代表者の変更など)、投資家のリターンの機会の確保に関する事項(IPOの時期・公開市場・主幹事証券会社の変更)、スタートアップの財務状況に重要な影響を及ぼし得る事項(剰余金の配当、自己株式の取得、重要な資産の取得・売却、借り入れ、キーパーソンの選解任など)を事前承諾事項にするかを議論します※12

※12:小川周哉=竹内信記=荒井悦久『スタートアップ投資ガイドブック』(日経BP、2019年)210頁参照。

 これらの事項を事前承諾事項とすべきか否かは、出資額、スタートアップのステージやビジネスモデルによっても異なるものの、要否を検討するにあたっての視点としては、例えば以下のものが挙げられます。

(1)当該事項を事前承諾事項とすることにより被る、スタートアップの迅速かつ柔軟な判断の支障となり、スタートアップの成長の阻害にならないか(ひいては投資家にも不利益となる)

(2)(特にCVCの場合)当該事項に関わる決定が(CVCの母体となる)事業会社の事業と利益が相反する具体的な可能性がどの程度あるか

(3)スタートアップの監督という観点から、事前協議や事前通知では不十分か

(4)自社が「スタートアップとしての」経営判断能力をどの程度有しているか

(5)スタートアップのガバナンスの体制がどの程度整っているのか(合理性のない判断を防止するための体制が整っているのか)

 なお、ある程度監督はしたいがスタートアップの経営判断の迅速性は失わせたくない、という場合、事前承認ではなく事前通知の形をとるという選択があり得ます。この他、スタートアップ側と十分に議論はしたいけれども、意見が相違した際にデッドロック状態に陥る可能性が気になる場合、特定の条項については事前協議の形にすることも考えられます。

 スタートアップの立場から見ると、CVCの出資の目的次第では、いかなる事項で事前承諾が必要になるかを慎重に検討する必要があります。CVCは、例えば独立系VC(ベンチャーキャピタル)とは異なり、必ずしも財務的リターンを求めているわけではありません。すると、CVCが求める戦略的リターンが、スタートアップの事業方針と異なってくる可能性があります。さらに、CVCが母体となる事業会社にとって不利益になる事項にも承諾しないことも予想されます。

 こうした潜在的な利益相反のリスクがあり得ることを念頭に置きつつ、かかる利益相反が現実化したときにCVCの事前承諾を得られないことが自社にとって致命傷にならないよう、慎重に該当する事項を設計する必要があるでしょう。

 次に、取締役の指名権と同様、どの投資家を承認権者にするのかが問題となります。事前承諾事項として検討する事項は、いずれもスタートアップの経営に対する影響が大きい事項なので、全ての事前承認事項についてリード投資家だけが承諾権者になるということは考え難いです。事前承認事項の重要度に応じて、リード投資家だけが承認権者になる事項や、投資家全員の承認が必要な事項等を区分することは考えられます(ただし、あまり細かく分類すると、スタートアップのオペレーション負担が増加しかねないことには注意が必要です)。

 また、全ての投資家の承諾が必要として、各投資家から同意を得るための調整を行う負担をスタートアップに課した場合、本業に割くリソースが低下してしまい、ひいては投資家にも不利益が及ぶ可能性があります。そこで、必要な承諾数を投資家の過半数や3分の2以上で足りるとする他、各投資家の出資比率や問題となっている承諾事項にもよりますがリード投資家の承諾のみを必要とする、リード投資家が承諾を出す前に各投資家と協議する、といった設計を考える余地もあります。

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