OTAに限らず、ソフトウェアアップデート全般でサイバーセキュリティへの対応が不可欠です。2020年6月には、国連の自動車基準調和世界フォーラム(WP29)で自動車のサイバーセキュリティとソフトウェアアップデートに関する国際基準(UN規則)が成立しました。日欧では2022年7月以降に発売される新型車がこの国際基準の対象となる見通しです。欧州や日本など各国で義務化されます。
WP29のサイバーセキュリティとソフトウェアアップデートに関するUN規則は、サプライチェーンや製造後の自動車の使用期間の全体像において一定の基準を満たす体制だと示すことが求められます。UN規則は自動車メーカーや調達先であるサプライヤーなどの「組織」に関する要件と「車両」に関する要件で構成されています。組織の要件に適合した場合、認可当局から適合証が発行され、自動車メーカーが車両の型式認可を受ける場合には、認可当局に適合証を提出しなければなりません。組織と車両に関する要件は、基準値を満たすことを求めたものではなく、対策やプロセスの適切さが評価されます。
ソフトウェアのアップデートでは、車両ごとのソフトウェアバージョンと関連するハードウェアの特定、ソフトウェアの保安基準適合性や運転中の安全性への影響の評価、ユーザーへの通知とアップデートに関する情報の記録、ソフトウェア配信経路におけるセキュリティの確保などが可能な「ソフトウェアアップデート管理システム(SUMS)」が求められます。
また、ソフトウェアアップデートの信頼性や完全性の確保、無効な更新の防止も必要です。ソフトウェアのバージョンをスキャンツールなど標準的な方法で読み出せることや、OTAで更新が失敗した場合に以前のバージョンに復元したり、安全な状態に戻したりできること、ユーザーがOTAの内容について事前に通知を受けられること、安全運転に影響する場合に更新中に運転できないことなども要件に含まれます。「テスラは現時点でもWP29のサイバーセキュリティとソフトウェアアップデートの国際基準を余裕で満たせるだろう」と見る自動車セキュリティの専門家もいます。
自動車のセキュリティはユーザーからの理解を得ることも必要です。例えば、米国マサチューセッツ州では2020年11月、法律で定められた「ディーラーに頼らず自動車を修理する権利」の内容を拡大することが決まりました。米国はWP29の相互認証には参加していませんが、修理する権利と、WP29のサイバーセキュリティとソフトウェアアップデートに関するUN規則を両立することになれば幾つかのハードルが発生します。
UN規則はクルマが走っている間のことを自動車メーカーが把握することと定めています。状態を把握できない車両があるということは、サイバーセキュリティの観点で望ましくないからです。一方、修理する権利では個人のユーザーや町の修理工場のメカニックでも車両のソフトウェアにアクセスしたり、車両にコマンドを送ったりできるように求めています。これを両立するには、自動車メーカーは個人のユーザーや町の修理工場がどのように車両のソフトウェアにアクセスしたかを把握し、ユーザーや修理工場も自動車メーカーに報告やデータ提供で協力しなければなりません。
ソフトウェアファーストをクルマで実践するには、アップデートを重ねた将来のクルマの姿と、その使われ方まで想定する必要があります。セキュリティの面でも、ユーザーの利便性の面でも、ソフトウェアを常に見直し続けることも求められます。また、出荷時の状態である程度の自由度を持っていなければ、アップデートで機能を拡張する余地が限られてしまいます。
自動車検査登録情報協会の統計調査によれば、日本の乗用車(軽自動車を除く)の平均車齢は2020年3月末時点で8.72年です。平均車齢は新車として登録されてから経過した年数の平均で、過去28年間にわたって“高齢化”が進んでおり、過去最高齢となるのは26年連続です。新車登録されてから抹消登録されるまでの平均使用年数を見ると、日本の乗用車(軽自動車を除く)の平均年数は13.51年です。
こうした年数よりも短い期間で乗り換える人もいれば、この年数よりも長く使う人もいます。今後、電動化や自動運転の普及で平均車齢や平均使用年数は変わっていくかもしれませんが、1つの基準として考えると、新車を開発している時点からかなり先のクルマの使い方やそのときに必要とされるアップデートを想定しなければなりません。また、自動車のサイバーセキュリティとソフトウェアアップデートは、新車として発売した後、平均車齢や平均使用年数よりも長い期間も想定してサポートし続ける必要があります。
一方で、ソフトウェア更新によってクルマを長く使い続ける人が増えることは、固定客を増やすことでもあります。長く使い続けられるクルマをソフトウェアによって支えることは、自動車メーカーにとって競争力となるでしょう。ソフトウェアと無関係な自動車部品はほとんどと言っていいほどないはずです。自動車メーカーだけでなくサプライヤーも一丸となって、ソフトウェアファーストを目指して動き出す1年になればと思います。
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