サプライチェーンを妨げる「認知バイアス」はどうすれば排除できるのか製造業DXの鍵−デジタルサプライチェーン推進の勘所(6)(1/3 ページ)

サプライチェーンにおける業務改革を推進する中で、デジタルがもたらす効果や実現に向けて乗り越えなければならない課題、事例、推進上のポイントを紹介する本連載。最終回の第6回は、サプライチェーンにおける人間の意思決定の精度に影響する「認知バイアス」と、その影響や対策について解説する。

» 2020年11月10日 10時00分 公開

サプライチェーン意思決定と「認知バイアス」

 サプライチェーンマネジメント(以下、SCM)は、サプライチェーンに関わる意思決定の連続である。サプライチェーン関連部署やその担当者は、自社の製品やサービスを効率よく効果的に供給する上で、さまざまな判断を繰り返している。今日期待されているデジタルサプライチェーンの本質的な役割を突き詰めれば、この意思決定の精度を可能な限り高めることに他ならない。これまで本連載を通じて紹介してきた、さまざまな事例や方法論も、つまるところサプライチェーンに関わる意思決定の精度を向上するためのものといえる。

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 そしてこれらの意思決定は、SCMを担う組織や人材、すなわち「人間」によって行われるものであるが、人間の意思決定が時に合理的ではなく、サプライチェーン全体の計画にゆがみが生じること、そして、その原因の1つが「認知バイアス(cognitive bias:認知のゆがみ)」によるものであることについて、連載第3回でお伝えした。

 本連載の最終回となる本稿では、人間の意思決定の精度に影響する「認知バイアス」にはどのようなものがあるのか、そしてその事実がSCMにどんな影響を与えるのかについて、さらに具体的に紹介する。そしてその上で、企業がサプライチェーンの意思決定をより合理的かつ高精度で行うために、デジタルテクノロジーをどのように活用すべきか、また、その推進にあたってどんな点に注意すべきなのかについてお伝えする。

なぜ人間による意思決定が重視されるか

 人間の認知バイアスを紹介する前に、そもそも人間による意思決定の必要性について考えてみたい。例えば、優れたAI(人工知能)に意思決定を完全に任せてしてしまうことはできないのだろうか。そうすれば人間の認知バイアスによる問題は全て解決することになる。しかし、どのような先進企業においてもこうしたケースはまず見られない。

 理由はさまざま考えられるが、最も大きな要因の一つは、ビジネスシーンにおける意思決定の結果は、常に「説明できるかどうか」「責任を持てるかどうか」が問われるためではないだろうか。

 例えば、製販会議やS&OP会議などの合議の場では、ストーリーの通った「もっともらしい」判断が採択されることが多く、会議の参加者は、それぞれのストーリーの納得性をもって意思決定の是非を論じる。それは、意思決定の根拠を常に誰かに説明する必要があり、「もっともらしさ(Plausibility)」が強く求められるからである。

 一方、AIが出した結果に「もっともらしさ」は基本的に存在せず、なぜその判断結果に至ったのかの思考プロセスは、多くの場合説明が不可能である。もしこうしたAIの判断結果が、人間よりも「確からしさ(Possibility)」が高くなったとしても、常に説明責任を問われる企業や組織において、AIの判断結果のみに従い、マネジメントを推進することは難しい。よって、人間によるストーリー性をもった意思決定が重視されるのである。しかし、人間によるサプライチェーン意思決定には失敗がつきものであり、その原因の多くは人間が持つ認知バイアスに起因する。

意思決定の質を低下させる「認知バイアス」

 認知バイアスとは、人間が物事を判断する場合において、常識や周囲の環境などの要因によって、本来行われるべき理性的、合理的判断が行えず、時に非合理的な判断に至ってしまうことを指す。

 認知バイアスは心理学の一領域として研究が始まったが、今日では経済学や社会学などの領域でも研究され、多くの定義や分類がある。ここではサプライチェーン意思決定に影響する特に主要な認知バイアスを紹介する(表1)。

表1 表1 サプライチェーン意思決定に影響する主な要素(クリックで拡大)

ヒューリスティック

 人間の意思決定は、「ヒューリスティック、直感(早く、とっさに、無意識的に行われる意思決定)」と「論理的思考(遅く、段階的に、意識的に行われる意識決定)」という2系統のシステムがそれぞれ同時並行的に行われると考えられている。これらのうち、ヒューリスティックによる意思決定は、個人にとって取り出しやすい記憶情報を、優先的に頼って判断してしまったり(利用可能性ヒューリスティック)、代表的や典型的であると思われる事項の確率を過大評価してしまったりする(代表性ヒューリスティック)。

 例えば、販売計画担当者が、直近の顧客企業の発言や反応に過剰に反応し、これまでの販売実績トレンドや、それを用いた予測値を無視した計画を作成してしまうケースは「利用可能性ヒューリスティック」である。

アンカリング効果

 最初に与えられた情報を手掛かりに検討を始め、最終的な結論を得る心理的な傾向を、船がいかり(アンカー)を下ろしたところから動けなくなることになぞらえて「アンカリング効果」と呼ぶ。サプライチェーン意思決定の現場では、実際に需要動向が大きく変わっているにもかかわらず、過去に立案した計画や予算の数値を前提として、そこから計画を適切に見直すことができない場合などが典型例である。

現状維持バイアス

 人間は、追加的な利得よりも追加的な損失へのマイナスの効用を重くみる傾向がある。その結果、ある新しい意思決定によって、なんらかのマイナスが生じる可能性がある場合は、それがどんなに過小であっても、その判断を避けることがある。SCMでは、顧客満足度を高めて販売機会を拡大するために在庫を積み増すという判断に際し、その費用対効果が十分検証されたものであったとしても、資産効率低下や在庫管理コストの増大を嫌って意思決定ができないことなどがその例といえる。

確証バイアス

 自分にとって都合のいい情報ばかりを無意識的に集めてしまい、反証する情報を無視したり集めようとしなかったりする傾向がある。サプライチェーン意思決定の現場では、キーパーソンが主張する方針に一致する情報だけが議論され、それに反する事実や証拠は捨象されてしまうようなケースが例となるだろう。

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