先進技術を活用し、創薬の負担を低減するために、さまざまな最先端の技術活用や産業連携などを進めているのが、米国スタンフォード大学 医学部 麻酔科 創薬・創医療機器開発機構所長を務める西村俊彦氏である。同氏に創薬の現場における課題と、医療分野におけるデジタル技術の活用、日本と海外での違いなどについてオンラインインタビューで話を聞いた。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な蔓延(まんえん)が進む中、ワクチンや治療薬の開発に大きな関心が集まっている。しかし、創薬には最大で20年間、3000億円とされるなど、膨大な費用と期間が必要になる。さらにその成功率も低い。これらの医療業界のさまざまな課題解決に貢献すると見られているのが、デジタル技術である。DX(デジタル変革)など、さまざまな産業でデジタル技術を活用した新たな姿の模索が進んでいるが、医療分野でもそれは例外ではない。
これらの先進技術を活用し、創薬の負担を低減するために、さまざまな最先端の技術活用や産業連携などを進めているのが、米国スタンフォード大学 医学部 麻酔科 創薬・創医療機器開発機構所長を務める西村俊彦氏である。西村氏は科学技術振興機構・SUCCESS-Program Officerや、慶應義塾大学 医学部 客員教授などの役職にも就いており、製薬会社や医療機器会社のアドバイザーを歴任するなど全世界で活躍している。西村氏に創薬の現場における課題と、医療分野におけるデジタル技術の活用、日本と海外での違いなどについてオンラインインタビューで話を聞いた。聞き手はMONOist編集部の三島一孝。
MONOist 現在、取り組まれていることを教えてください。
西村氏 薬そのものを研究しているのではなく、薬の作り方を開発するのが現在の役割です。新薬の開発の最も大きな課題は時間が膨大にかかることです。開発に20年かかるものも少なくありません。また、それに伴い費用も増え、1つの薬を開発するのに3000億円かかる場合もあります。しかも成功率がとても低く、0.003%だといわれています。この時間やコストをいかに下げるかというのが、私が取り組んでいることです。
MONOist 創薬にかかる期間は具体的にはどういうものなのでしょうか。
西村氏 薬の開発期間を20年とすると、これは大きく「Discovery(探索)」「Preclinical(臨床前)」「Clinical(臨床)」「FDA、PDMA(政府認可)」4つの段階に分けられます。例えば、ある種の病気に対する治療薬を見つける場合、最初に病気の効果がありそうなDNAやタンパク質の候補などを探し、その種を絞り込む「Dicoveryステージ」があります。ここで数万の候補から絞り込みを進めていきます。最初に可能性の高そうな100種程度に絞り込み、さらにその中で最も期待の持てる1〜3個と、保険として用意しておく3〜5個を選定します。ここまでの作業で約5年かかります。
次に「Preclinicalステージ」として、選んだ薬の動物実験を行います。ここで生物に対する効果と安全性を検証します。使い続けたときの影響なども見るためにこのステージでも時間が必要で約4年かかります。ここまで9年を費やしてようやく見つけた候補がヒトに使えるようになるわけです。
その後「Clinicalステージ」としてヒトに対する臨床試験に入ります。臨床試験についても最初にヒトに対しての安全性を確認するFIH(first in human)などを行い、その後に検証の対象となる病気の患者に徐々に広げていくという方法をとります。少人数で3グループほど集めて、グループ別で投薬を行い、ある程度の効果が出ると、大規模実験に移ります。世界中のその病気の患者200〜500人を対象に、人種別や環境別など、さまざまな条件に当てはめても安全性が確保されるように検証を進めていくわけです。しかし、新薬の実験に協力してもらうのに十分な人数を確保するという作業は、非常に難しいものがあります。病気によっては多くの臨床試験が必要なものなどもあり、それを協力費用の金額交渉などを地道に進めて集めていきます。そのため、「Clinicalステージ」は約10年かかるとされています。
開発開始からここまでで約19年がかかるわけです。その後、政府認可を受ける必要があります。これも以前は3〜5年かかるケースが多かったわけですが、最近では各国政府がこの認可を早める動きがあり、今では多くの国で約1年で認可が受けられるようになりました。ただ、これを全て合わせると20年という期間が必要になるわけです。20年もあれば、さまざまな環境が変わります。開発を進めた中で時代の変化により市場がなくなるものもあります。こうした環境を改善するために、何とか開発期間を短縮できないかということでさまざまな取り組みを進めているわけです。そのための手段として、AI(人工知能)技術、ビッグデータ分析技術、IoT(モノのインターネット)、SNSなどさまざまなデジタル技術が大きな役割を果たすと考えています。
MONOist 実際にデジタル技術の活用により創薬期間の短縮が進んでいるのでしょうか。
西村氏 スタンフォード大学は、立地的にもシリコンバレーに近く、主要なITベンダーとの協力により、さまざまなデジタル技術の活用を進めています。これによって最も顕著に効果が出ているのが、5年かかっていた「Discoveryステージ」です。最短で1週間程度で終わるようになったものもあります。
例えば、対象とする病気がある種のがんであった場合、それを治療した過去30年間のデータを探せば、それは世界中に存在します。このデータをデータベース化している大学や研究所、企業と契約して使わせてもらい、データ分析を行うことで、3万個の候補物質から約3000個への絞り込みがすぐに行えます。さらに、病気についてのデータだけではなく、人種別のヒトゲノムのデータベースなどを照らし合わせて分析を行うことで、さらなる絞り込みが可能です。これらの分析もスーパーコンピュータなどを活用し多くのデータサイエンティストに参加してもらうことで非常に短い期間で行えます。そうすると、最短で1週間くらいで、すぐに動物実験に取り掛かることが可能となります。
この仕組みで重要なのは、答えを出す期間が非常に短くなれば、失敗してもすぐに取り返すことができるということです。つまり、早期の失敗を繰り返し行うことができ、トライ&エラーの形で進められるため、うまくいかなかった場合でもそのサイクルを高速で回転させることで結果的に求める答えに早くたどり着けるようになります。最終的には、従来5年かかっていたものが、平均でも3年程度に短くなったとみています。
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