本連載第28回で、米国のリアルワールドデータ(RWD)/リアルワールドエビデンス(RWE)利用を取り上げた。中国・湖北省の武漢市から拡大したCOVID-19感染症に関連して注目されるのは、中国のデジタルプラットフォーマーが提供するリアルワールドデータを利用して、短期間のうちに国際的な査読付医療科学専門誌に掲載された医療アウトカム研究の成果である。
例えば2020年1月31日、欧州の医学専門雑誌「Lancet」は、香港大学の研究チームが、モビリティデータを利用して、新型コロナウイルス感染症の現状把握および今後の中国国外への拡大予測を行った研究成果を発表した(図2参照、関連情報)。
この研究は、医療衛生研究基金(HMRF)の支援を受けた香港大学李嘉誠医学院公衆衛生院傘下のWHO感染症疫学・制御調整センターの研究チームが、国際デジタル航空情報を扱うOAG(Official Aviation Guide)のフライト予約データおよび中国のソーシャルネットワーキングサービス事業者である騰訊のモビリティデータと、中国疾病対策予防センターの報告書からの確定ケースに関するデータを利用しながら、重症急性呼吸器症候群(SARS)の研究成果に基づいて、新型コロナウイルス感染症の現状把握および今後の拡大予測を行ったものである。OAG保有データ以外のデータについては、全てオープンデータとして一般に公開されたものを利用している。
その後2月5日には、臨床研究者向けプレプリントリポジトリの「medRxiv」は、英国のサザンプトン大学、カナダのトロント大学、中国の復旦大学、スウェーデンのカロリンスカ研究所などの研究チームが、中国の検索サービス事業者である百度のデータを利用した新型コロナウイルス感染症の拡大リスク評価モデルに関して行った研究成果を掲載した(図3参照、関連情報)。
この研究は、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、欧州連合(EU)「ホライズン2020」、中国国家自然科学基金委員会(NSFC)、上海学術/技術研究リーダープログラム、湖南科学技術計画プロジェクトなどの支援を受けた国際共同研究チームが、百度が提供するロケーションベースサービス(LBS)のユーザーデータ(位置情報、移動情報など)を匿名加工・分析し、2020年の旧正月以降3カ月間における新型コロナウイルス感染症の中国国外への拡大リスク評価モデルを構築し、予測を行ったものである。
中国政府は、COVID-19感染症が社会問題化する前から、リアルワールドデータ/リアルワールドエビデンスの利用を積極的に推進してきた(関連情報)。広大な国土を有し、医療施設が沿岸部から内陸部へと拡大する中国では、スピードと拡張性に長けたクラウド型プラットフォームやモバイルコンピューティングの活用が欠かせない。騰訊や百度のデータ活用事例の背景には、このような中国のICT事情がある。
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