日本IBMなど5社は、「次世代移動支援技術開発コンソーシアム」を設立する。IBM フェロー 浅川氏の研究をベースに、視覚障がい者を支援するAIスーツケースの開発を目指す。
日本アイ・ビー・エム(IBM)とアルプスアルパイン、オムロン、清水建設、三菱自動車は2020年2月6日、東京都内で記者会見を開き、視覚障がい者の支援技術開発などを目的に掲げる「次世代移動支援技術開発コンソーシアム」(以下、コンソーシアム)の設立を発表した。IBM フェロー 浅川智恵子氏によるスーツケース型誘導ロボット「CaBot」の研究成果をベースに、視覚障がい者の移動を支援するAI(人工知能)スーツケースの開発を進める。第1弾として2020年の6月に公開実証実験を行い、2022年までにAIスーツケースの社会実装を目指す。
AIスーツケースの機能は、使用者の「移動支援」と「行動やコミュニケーションの支援」の2種類に大別される。移動支援機能は、測位デバイスなどから取得したスーツケースの位置情報と周辺の地図情報をもとに、目的地までの最適なルートを探索して誘導するというものだ。音声で「エスカレーターまで5mです」などと知らせる他、振動などの触覚提示を介して使用者の誘導を行う。行動やコミュニケーションの支援では、前方から近づいてくる友人の顔を顔認証機能で識別し、音声で使用者に伝える機能などを想定する。
コンソーシアムの発起人である浅川氏は「視覚障がい者は、街中を自由に移動することが難しく、アクセシビリティーの面で大きな困難を抱えている。こうした課題を、日常生活の中で無理なく持ち運べる移動支援デバイスを開発することで解決したい」と意気込みを語る。また、スーツケースに着目した理由については「周囲の状況を認識するセンサーなどを搭載するのに十分なサイズが確保できるからだ。既に研究レベルでは、移動支援システムを組み込んだスーツケースの開発事例が多数報告されている」と説明した。
だが、実際に社会実装を目指す上では、まだ多くの課題が残されている。例えば、使用者の歩行スピードは人によって異なるが、「ゆっくり歩く人や早く歩く人、それぞれの歩行スピードに合わせて、ユーザーを安全にサポートするスーツケースを開発することは、現段階の技術では難しい」(浅川氏)という。また、ハードウェア面では、スーツケースの小型化や消費電力の低減などの点で課題がある。そのため、浅川氏は「課題解決のためには、さまざまな業種の企業がアカデミアと一体となって知見や技術を持ち寄りコラボレーションすることが必要だ」と考えた。
コンソーシアムのメンバーの役割分担は次の通り。アルプスアルパインは触覚デバイスの開発、オムロンは顔画像認識技術、清水建設はロボティクス技術や屋内外のナビゲーション技術、日本IBMは同社が開発した自然対話型人工知能「IBM Watson(ワトソン)」による音声対話技術と周囲の行動・環境認識技術、三菱自動車はハードウェアデザインとモビリティサービス開発の面で、それぞれ技術提供やアドバイスを行う。
2020年6月には、東京都内の総合商業施設にて実証実験を行い、スーツケースのユーザビリティや利便性の他、施設管理者側から見た実運用上の課題を検証する。施設の協力が得られれば実証実験のフィールドを拡大し、空港やスタジアム、美術館、病院などでも実施する予定だという。
浅川氏は、AIスーツケースの開発がもつ意義について「歴史をひもとくと目が見えない、耳が聞こえないというニーズは大きなイノベーションを引き起こしてきた。電話はグラハム・ベルの家族に聴覚障がい者がいたから発明された。また、PCのキーボードは手を動かすことが困難な障がい者を支援する目的で開発されたという。同じように、AIスーツケースの開発からさまざまな応用技術が生まれることを願っている」と強調した。
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