変貌する月面探査の勢力図――国家から民間、そして個人の時代へ宇宙開発(2/3 ページ)

» 2019年12月24日 11時00分 公開
[大塚実MONOist]

小型化で月面探査の何が変わるか

 CLPSの最初のミッションを受注したのは、Astrobotic、Intuitive Machinesの2社(Orbit Beyondも受注したがその後に脱落)だ。獲得した金額は、Astroboticが7950万米ドル(約87億円)、Intuitive Machinesが7700万米ドル(約84億円)で、それぞれ14個と5個のペイロードを、2021年7月までに月面へ輸送することが求められている。

Astroboticのランダー「Peregrine」 Astroboticのランダー「Peregrine」(クリックで拡大) 出典:Astrobotic

 ここで1つ押さえておきたいポイントは、NASAが購入するのは月面まで輸送してくれる「サービス」であって、ランダーなどの「ハードウェア」ではないということだ。つまり、利用のイメージとしては宅配便と同じ。受注企業は、もしランダーに余裕があるようなら、ほかに独自のペイロードを搭載しても構わない。

 Astroboticのランダー「Peregrine」には、すでにいくつか相乗りするペイロードが明らかになっている。その中で興味深いのは、2つの超小型ローバーである。

 1つは、日本のダイモンが開発している「YAOKI(“七転八起”に由来)」だ。YAOKIは、重量わずか0.6kgの二輪型ローバー。超小型ながら、上下対称の形状になっており、もし転倒して裏返ってしまっても、そのまま走り続けられるという走破性の高さを持つ。また超小型の特性を生かし、100Gに耐えられる高強度も実現しているという。

ダイモンの「YAOKI」(プロトタイプ) ダイモンの「YAOKI」(プロトタイプ)。前面にカメラを搭載する(クリックで拡大)

 頑丈なので、月面にそっと降ろしてもらう必要はなく、ランダーから切り落とすような、シンプルな分離機構で良いメリットがある。Peregrineも初フライトであり、何が起こるか分からない。もしハードランディングに近い着陸になってしまっても、分離さえできれば走行が可能というタフさは強みだろう。

YAOKIの特徴 YAOKIの特徴。“七転八起”の言葉通り、転んでも走り続けられるローバーだ(クリックで拡大)

 もう1つは、英国のSpacebitが開発している「ASAGUMO(朝蜘蛛)」だ。こちらも重量1.5kgという超小型ローバーだが、最大の特徴は、車輪やクローラではなく、4足歩行で移動すること。多脚型は地上ではそれほど珍しくはないものの、宇宙では前代未聞。もし実現すれば、月面初の“歩行ロボット”となるだろう。

Spacebitの「ASAGUMO」(プロトタイプ) Spacebitの「ASAGUMO」(プロトタイプ)。「朝の蜘蛛は福が来る」より命名(クリックで拡大)

 四足歩行は、二足歩行よりは安定するとはいえ、技術的にはかなりチャレンジング。だが、Asagumoは将来的に、月面の地下にあると推測される溶岩チューブ内の探査を目指しており、岩が多い地形に適した移動方法として、四足歩行を採用したとのこと。1号機は技術実証として、まず月面での“歩行”の実現を目指す。

Spacebitが目指すのは溶岩チューブの探査 Spacebitが目指すのは溶岩チューブの探査。3D計測するためのLiDARも搭載する(クリックで拡大)

 両社とも、「低コスト」という超小型ローバーの特徴を最大限活用する方針。高性能な大型センサーは搭載できないものの、安価なので多数のローバーを送り込むことができる。縦孔や溶岩チューブのような危険な場所の探査も行いやすいだろう。2021年以降も引き続き探査を続け、打ち上げ機数を増やしていく計画を明らかにしている。

ダイモン 社長の中島紳一郎氏(左)と、Spacebit ファウンダー CEOのPavlo Tanasyuk氏(右) ダイモン 社長の中島紳一郎氏(左)と、Spacebit ファウンダー CEOのPavlo Tanasyuk氏(右)。両社は今後、月面探査で協力していくという(クリックで拡大)

 こうした超小型ローバーが実現した背景には、相乗りによる輸送費の低価格化がある。Astroboticはペイロードの輸送費として、1kg当たり120万米ドル(約1億3000万円)という価格を公表している。まだ地球低軌道への打ち上げに比べれば高いとはいえ、数億円規模であれば、資金調達がそれほど困難な金額ではない。

 費用が安ければ、四足歩行のような新しいチャレンジもしやすい。そして開発規模が小さいので、新規プレイヤーが参入するハードルも低い。YAOKIは、同社 社長の中島紳一郎氏が、ほぼ1人で作っているという。さすがにこれは極端な例だろうが、超小型の月面ローバーなら、中小企業やベンチャー、大学でも十分実現できる可能性がある。

 これは、地球低軌道における超小型衛星の発展の歴史に似ている。おそらく今後、月面でも同じような動きが起きるだろう。超小型衛星は現在、さまざまな企業がビジネスとして活用しており、人工流れ星衛星やガンプラ衛星など、宇宙の使い方はかつて無いほど多様化している。民間の参入により、月面がどんな使われ方をするのか、楽しみなところだ。

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