この機能で難しいのは、「衝突する可能性のある他の船」の検知だ。自動航行船プロジェクトでは他の船の存在や動きを、目視など「人間の目」ではなく、レーダーやカメラ画像など「センサー」だけを用いて発見し把握しなければならない。しかもそれは、衝突直前ではなく自分の船に操船指示を発してから実際の操船指示(操船指示信号のシステム入力)に従って船が動いてくれるまでのタイムラグを吸収できる距離で検知して把握する必要がある。
大型船になると、操舵や推進器回転数変更といった操船アクションから船が反応するまで数分かかることもある。仮に15ノット(時速27km)で2分間そのまま直進したとすると約900m進む。この場合、少なくとも900m先で発見から操船指示を出すまでの処理が終わっていないと衝突することになる。
現代の船舶には、他の船の動静を監視するシステムとしてレーダーや「AIS」が用意されている。レーダーは降雨などの気象条件や、波浪など海象条件によって探知精度が変化し、特に小型船舶(全長数m程度の漁船やパワーボート、ヨットなど)の探知が困難になることがある。
一方のAISは、聞きなれないかもしれないが正式名称は「Automatic Identification System」といい、日本では自動船舶識別装置と呼ぶことが多い。自分の船の船名や目的地、GPSで取得した針路や速度、位置情報などを無線(VHF)で他の船に知らせるシステムだ。
受信した船にAISデータの表示機能を持つ航法支援システムがあれば、航空管制室のレーダー対空席にある主画面のような電子海図に、自分の船と周囲にいる他の船の位置がそれぞれの針路と船速のベクトルとともに表示されるだけでなく、衝突の可能性がある船舶がある場合は、アラートを出して衝突までの予想時間を警告する機能も既に実用化している。また、レーダースコープで自船と他船の位置関係を把握するには訓練が必要だが、AISは位置関係の変化が視覚的に分かりやすく、夜間や天候の影響も受けにくいなど状況の把握は確実で容易というメリットもある。
しかし、AISは全ての船に搭載が義務付けられているわけでない。搭載義務があるのは総トン数300t以上の国際航海に就航する船舶、非国際航海に就航する総トン数500t以上の船舶、国際航海に就航する全ての旅客船に限られている。さらに、軍艦や漁船などは必要に応じてAISデータの発信を停めてもいいことになっている。
これが意味するのは、輻輳海域で本船の左舷側から船首直前を横切るなど予想し難い操船を“頻繁に”行う高速プレジャーボートや、法的に本船より航行優先度が高い(衝突コースにある2隻の船で避航しなくてもいい権利を持つ。保持船)「漁労中の漁船」などはAISで認識できないという事だ。海の交通には、動きやすい船の方が、「漁労中の漁船」など動きにくい船を避けるという原則がある。AIS頼みでは、衝突コースにある2隻の船のうち避航しなくてもいい権利を持つ「保持船」が全て認識できるわけではないのだ。
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