特集:IoTがもたらす製造業の革新〜進化する製品、サービス、工場のかたち〜

パナソニックが狙う“暮らし”と“現場”、2つのプラットフォーマーへの道製造業×IoT キーマンインタビュー(2/4 ページ)

» 2019年07月29日 11時00分 公開
[三島一孝MONOist]

Society4.0になぜキャッチアップできなかったのか

MONOist/EETJ Society4.0でキャッチアップできなかったのはなぜだと考えますか。

宮部氏 パナソニックが得意としてきたのは、電気をエネルギー源とし、暮らしの中にさまざまな価値をもたらす“モノ”を作るということだ。これらのSociety3.0(工業社会)の世界については非常にうまく取り組んできたと考えている。

 こうした長い歴史の中で過去の成功体験に縛られすぎた面がある。Society3.0ではプラスに働くようなことが、Society4.0や5.0の世界ではプラスに働かないケースも多い。そういう場合でも環境の変化にうまく対応することができなかった。これは長い歴史を持つ企業だったからこそ起こったことで、難しさがあったといえる。

 Society4.0の世界では、インターネットを中心とし情報がさまざまな価値を生む世界が生まれた。ただ、PCやスマートフォン端末など製造業としての関係性はあったが、情報産業としての取り組みはそれほどできなかった。何が違ったのかというと、情報産業に集中的に取り組んだ企業にとっては、既にハードウェアを提供する企業がいくつかあったため、それらの企業自身がハードウェアを持たないビジネスが可能になったということだ。こうした世界では、少数の天才が分野や事業をけん引するようなことが起こる。そういう少数の飛びぬけた才能を生かすというのは、日本企業が不得意な領域だ。日本企業の多くが“そこそこ優秀な人を多く抱える”体制となっているためだ。

 ただ一方で、Society5.0の世界に入ると、これらの弱みの中でも強みに変えることができる点が出てくる。Society5.0はCPS(サイバーフィジカルシステム)を前提としており(※)、モノを中心としたリアルの世界と、ITを中心としたバーチャルの世界を組み合わせることがベースとなってくる。ハードウェアも持っていないと実現できない世界だ。多くのITベンダーのようにSociety4.0の世界からリアルな世界に踏み込み5.0を目指すという企業もあれば、パナソニックのようにSociety3.0の世界から5.0の世界に向かうという道もあるという状況だ。

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photo 日本政府が訴えるSociety5.0(クリックで拡大)出典:内閣府

 また、ITセキュリティなどを考えると、同じ仕組みを網羅的に展開できるために、少数の天才がけん引するようなことが可能だったが、IoTセキュリティを考えると、それぞれの機器に顧客などへの設定があり、セキュリティをそれぞれで適用するのに多くの技術者が必要になる。テレビやPC、各種家電などのそれぞれに特徴や文化があり、これらに対応することを考えると“そこそこ優秀な人を多く抱える”ということが強みとなる可能性もある。

 もう1つの違いが「言語」の問題である。Society4.0ではインターネットでの情報のやりとりは、基本的に人が行い、人が発する言語が必要になる。必然的にグローバル言語である英語圏の企業が強くなる。一方で、Society5.0では情報のやりとりをする相手の多くが機械となり、言語による有利不利がなくなる。Society3.0時代でもVHSやビジュアル製品など、言語が関係ない領域では日本企業も世界の中心となることができた。Society5.0では3.0に近い日本企業の強みを発揮できる領域が広がると見ている。

先進企業から学ぶ姿勢を取り戻す

MONOist/EETJ Society5.0では自社だけのリソースでは実現が難しいと考えますが、競争とともに協調を進める上で、今足りないものについてどう考えていますか。

宮部氏 まず前提として、積極的に世の中の進んだものを取り入れる姿勢を取り戻していくことが必要だと考えている。パナソニックにとって、Society3.0の時代は欧米の優れた企業から学ぶという歴史だった。例えば、家電ではオランダのフィリップスと技術提携や合弁会社設立などを通じて、多くの技術を学んだ。その他でも多くの先進企業との技術交流などを進め、これらに対し「プラスアルファを積み上げて勝つ」という意識だった。

 それがSociety3.0の終盤になると、エレクトロニクスの世界においては欧米から学ぶことがほとんどなくなってきていた。先頭集団に日本企業がいて、海外企業から学ぶものなくなる状態が生まれていた。その時には実は欧米企業では、Society4.0や5.0の世界に目を向けている企業が存在していたが、そこに目を向けるアンテナもなく「学ぶものはなくなった」という認識が生まれていた。これをもう一度「貪欲に新しい技術トレンドを捉え、取り込んでいく」という姿勢に変えるべきだと考えている。

 シリコンバレーに新たな拠点「Panasonic β」を設立したのも、そういう「新たな姿勢」を訴える意味がある。パナソニックがシリコンバレーに進出したのは、もともとは1970年代にさかのぼる。2000年代までは活動してきたが、学ぶものがないと思い込んだため、大規模な開発部隊は置かないという結論となり、一部のスタートアップ向けの拠点を残して縮小が進んだ。しかし2013年くらいから、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon.com)の存在感が高まり、もう1度拠点を作るべきだという議論が巻き起こった。そこで、2017年に再設立したのが「Panasonic β」となる(※)

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