MONOist 製造業にとって、良いモノを売っていくモノ売りから、サービスや経験を併せて売っていくコト売りへの移行が課題になっています。ヤマハ発動機ではどのような取り組みを進めていますか。
平野氏 IT大手のGAFAを見れば、ITやデジタルだけでも十分もうける余地があることが分かる。しかし、ヤマハ発動機はスタートアップではなく、既存の事業に関わるレガシーイナーシャ(慣性力)も大きい。製造業のDNAもあるし、いいモノを作って売るというビジネスモデルにも慣れている。こういったことは一朝一夕には変えられない。とはいえ、モノ売りだけでは行き詰まる。何らかの形で、コト売りにつながるサービスを作っていかなければならない。
主力事業である二輪車では、日本における専売店であるYSP(ヤマハスポーツプラザ)経由でのレンタルバイク事業を始めている。これはレンタルにいるお試しから、購入につなげることを狙ったサービスだ。
こういった取り組みは進めているが、二輪車は四輪車のようなモビリティサービスのプラットフォームが作れるようなグローバルな市場環境にはまだなっていないだろう。足元は国や地域の特性に合わせてやっていくべきだと考えている。
先進国では二輪車はほぼ趣味財であり、シェアリングのビジネスモデルに合わない。一方、インドは二輪車が年間2000万台以上売れる巨大市場であり、非常に興味を持っている。例えば、インドでは二輪車シェアリング(レンタル)ビジネスにおいて、レンタル車両を投資対象(マンション投資のようなもの)とするビジネスモデルも出現した。また、その二輪車をレンタルしながら宅配ビジネスを開始し、売り上げでレンタル料を賄っている人もいる。現地で面白いことやるスタートアップへの投資や、パートナーとの協業の可能性もある。そういったビジネスモデルに絡んでいってもいいだろう。
当面はコト売りが難しい二輪車と比べて、マリン事業は既にヤマハマリンクラブ・シースタイルによるレンタルサービスもあり、顧客が乗船するボートからのデータをIoTでつなげてデータもとれるようになっているし、水上バイクもIoTでつながる状況にある。表面実装機や産業用ロボット、無人ヘリコプターなどのロボティクス事業もつながることでより大きな価値を生み出せる。
MONOist それだけ多くの事業があり、地域の特性に合わせた展開もあり得るのであれば、エンタープライズITは従来通りの部分最適で構わないという意見もありそうです。
平野氏 事業特性に合わせそれぞれ別インスタンスで管理を検討しているが、それはサービスやコンテンツとして個別に最適化できればいいのであって、“1階”に当たるプラットフォームは共通で使えるべきだ。先ほど少し触れた、ヤマハ発動機が発行する顧客ごとのユニークIDの管理も共通プラットフォームで行う。IDの認証とCRM活用の要になる取り組みだ。
MONOist こういった大きなITプロジェクトは、現場に近い社員にとってメリットを感じにくいのではないでしょうか。しかし会社全体が1つになって取り組むには、社員一人一人の協力が得られるような施策も必要かと思います。
平野氏 “1階”の話は全社的な取り組みで、経営管理部のもとIT部門、外部ベンダーからなる推進チーム進めている。移行に伴う教育も含め、全世界の社員に丁寧にコミュニケーションを取っていく必要がある。一方、短期間のうちにメリットを享受できるデジタル関連プロジェクトは、今年1月に発足したデジタル戦略部で進めている。2018年のこれまで11カ月で、大きなものから中ぐらいのもの、小さいものまで含めて26のプロジェクトに挑戦した。
確かに、大きなものの旗振りだけしていても、その実利は見えにくい。だからこそ、実利がすぐに見えやすいこともやっている。スマートファクトリーの例で挙げたAIによる目視検査や、工場敷地内での自動運転物流搬送、デジタルマーケティングのプラットフォーム構築もその1つだ。
2018年11月に社内限定で行った技術展覧会では、そういったデジタル戦略部の取り組みを多数披露したりしている。あまり多くの人員がいるわけではないが、IT部門だけではなく生産、新事業部などから移籍し多様性を有したデジタル戦略部は、スピード感を持ち“トライ&ラーン”を実践しているという自負がある。2019年は、新横浜に新設した研究開発拠点「ヤマハモーターアドバンストテクノロジーセンター(横浜)」を含めて、デジタル戦略部の人員を大幅に増やす方針だ※)。
※)関連記事:ヤマハ発動機が新横浜に研究開発拠点、ロボティクスとITの先進技術人材を獲得へ
MONOist 本格的に取り組みを始めてからまだ1年も経過していませんが、現時点の手応えはどうですか。
平野氏 悪くないが、ここで緩めることなくさらに加速させたい。日本の典型的な製造業と言っていいヤマハ発動機で、この1年間の動きは大きな変化だったと思う。しかし、これを始められたのも、ヤマハ発動機にもとからあるチャレンジ精神が豊かな企業風土があってのものだろう。
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