マスカスタマイゼーションでは、各チェーンのシステムの統合と工場のデジタル化の必要性だと先述しましたが、このデジタル世界での「柔軟性」を物理世界で実現する手段についても大きな課題となっています。
従来の製造現場では、一定レベルの数量規模でモノを生産する場合には機械を活用し、柔軟性が必要なカスタマイズなどへの対応には人手を使うケースが多くありました。「人間の柔軟性」を効果的に活用することで、これらの個別製品の対応を行ってきたわけです。
ただ、マスカスタマイゼーションの理想像を実現するためには、機械による自律的な判断と作業の実現ということが欠かせません。その中で注目されている技術の1つが、3Dプリンタをはじめとするデジタルファブリケーションの領域です。3DプリンタなどはCADなどで制作したデータそのものを、データ通りの形状で製作するという機器です。現状では材料や精度、耐久性などでさまざまな制約がありますが、まさに「個別製品を自動で作る」という世界では必須の技術だと見られており、デジタル加工機などと含めて技術開発が進められています。
もう1つが、既存の製造ラインを作業セルと可変部分に分けるようなやり方で、ワークが作業セル間を行き来しながら進んでいくというような仕組みです。この中では重要な技術は、ロボットやAGV(無人搬送車)、ワーク情報の個別管理、などになります。従来は1つの生産ラインで一方向にモノを流すという形が当たり前でしたが、「柔軟性」の実現を考えた場合、毎回ラインに1方向で流すのは効率が悪く、変更にも時間がかかります。ライン変更せずに生産するということを考えて発想されたものとなります。
これらはどちらも実用化が進みつつある技術ですが、使い勝手の面やコストの面、製品バリエーションの面などでまだまだ不十分であり、技術の進化や開発の進展が求められている領域となります。
さて、これらによって実現できるマスカスタマイゼーションは何をもたらすのでしょうか。
例えば、ある製品などによって企業や消費者が実現したいものを「価値」と置きます。ただ、現状の工業製品は、ある一定規模の数を生産することでコストを抑える「数の論理」に縛られたものとなっています。そのため、価値に対して、より多くの数を展開できれば、部品の調達費用なども抑えられる上、生産財などに対する費用の回収なども容易になり、より低価格で価値を得ることができます。
一方で、一定のニーズが存在しても、数が出ないものについては、これらの部材および使用する生産財や人件費などの費用が回収できないため、どうしても販売価格も割高になる状況がありました。結果的に、消費者や購入企業は、提供される価値に対して、割高なコストを支払っていたり、オーバースペックの製品を買わざるを得なかったりしていました。
マスカスタマイゼーションによる新たなモノづくりの仕組みを実現すれば、この「数の論理」の影響をできる限り小さくすることが可能となります。そのため、最適なニーズの製品を最適な数で生産できるようになり、それを消費者や企業が購入できることになるのです。
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