鉄子はずっと戻りたかったの、鉄鉱石だった頃に。あの、のんびりとした気ままな生活に……。
ぶさいくだって汚くたっていい。見た目が悪くたって誰も笑わない。だって、あたしの仲間、みんながそうなんだもの――
ある日、鉄子はイカツイ採掘業者によって仲間から強引に引き離されることになりました。どうやら鉄子は、他の鉄鉱石に比べてちょっとだけ見栄えが良く、高品質に見えたらしいのです。
いやだ! いやだ! あたしはこのままがいいの! いやだーーー! おかーさぁーん!
そんな、たかが鉄鉱石の懸命の抵抗と叫びが人間に聞こえるはずはありません。その後の鉄子には、さまざまな苦難が待ち構えていました。
鉄子は連れ出され運ばれ、その後溶かされ冷やされ、やがて製鉄という憂き目に遭いました。
いままで、酸素をたっぷり浴びて、さびさびなのが当たり前でした。むしろ鉄子にとっては、それがとっても心地よかったのです。
それなのに、強制的に酸素を奪われて、揚げ句の果てに、なんとも品のない銀色の塊に変化させられていくのでした。
こんな姿はいやだー! 酸素吸いたぁーい! 酸素がほしいよー!
そんな悲痛な叫びが人間に聞こえるはずもありません。
熱くて苦しい仕打ちを受けた後、ビニールで何重にも覆われて、大好きな酸素に全然触れられない状態にされました。
やがて鉄子は泣き疲れ、深い眠りにつくのでした。
その後、鉄子は何日眠っていたか分かりません。鉄子が住んでいたお山とは違って、日も射さないし雨も降らない、匂いも分からないし、風も吹かない。そんな大きな部屋に閉じ込められていたから、時間の流れが全く分からなかったのです。
その広くて暗い部屋の小窓から、一筋の光が差し込んだ時、鉄子は目を覚ましました。
あたりを見回せば、自分と同じように、諦め切った顔をして寝ている銀色の塊が大勢いました。ふと隣を向くと、自分と同じ鉄の子がこちらをじっと見ていました。
こんにちは。あたし鉄子。
ぼくは鉄男。
ねーねー、ここはどこなの?
倉庫。ここでぼくたちは、再び人間に運び出される日を待っているんだ。
え! 今度はどこに連れて行かれるの? 今度は一体、どんな目に遭わされるの?
行き先はいろいろで、どんな目に遭うかもいろいろだから、分かんないよ。
ああ、そうですか……
さらに光がたくさん入ってきて、何人かの人間がどやどやとやってきて、ちょっと騒がしくなってきました。
誰かを連れて行くのかな?
そう思った直後、人間と目が合ってしまいました。そしてその時の人間たちの会話から、自分に何か、記号のような番号のようなものが付いていることを知ったのです。
あの……、あたしの名前、『鉄子』なんですけど……。
そんな訴えが人間の耳に入るはずもありません。
人間は自分たちが分かりやすいように、鉄子も鉄男もひっくるめて、似たような性質の物に、「エスなんとかの何番」といった名前を付けているらしいのです。鉄子たちにしてみたら、実に無意味で理不尽な話です。
いよいよ、ぼくたちの番みたいだ。
えっ!
そして人間たちは、鉄子と鉄男を真っ暗な箱に閉じ込め、倉庫から運び出しました。
いやだ! もう痛いのや熱いのはいやだ! おかーさぁーんっ!!
鉄子は泣き続けました。何が何だか分からない真っ暗な中、下からはゴーゴーという音とともに振動が伝わってきます。どこかに移動しているようです。
ガタガタゴトゴト揺られているうちに、鉄子はうとうとと寝入っていきました。
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