川原氏らは2009年にモノづくり観光研究会をつくり、学生たちとともに1回目の工場訪問調査を開始した。さらに2010年には2回目の訪問調査を行った。聞き取りに行った数は合計70件になったそうだ。町工場の職人は、最初は取っつきにくいが、打ち解ければ積極的で、機械系ではない学生たちにも親切にいろいろ教えてくれたという。またよく活動を見ていくと、家族や女性が支える姿が見えてきたと岡村氏はいう。
これらのフィールドワークの成果を実社会での行動に移そうと、2011年2月におおた工業フェア内で「モノ・まちラボ2011」と題したイベントを開催した。その後、同年10月の大田工連青年部が主催する講演会で、それまでの成果を発表したところ、下丸子・矢口地区を基盤とする工和会協同組合が協力を申し出て、同地区での開催が決まった。
そして2012年2月に、1回目となるおおたオープンファクトリーが開催された。その目玉グッズとして本格的に展開したのが、カプセルトイ「モノづくりたまご」だ。これは学生の出した製品アイデアを元に職人と試行錯誤しながら作られる配布物になる。コストも踏まえながらどのようにアイデアを実現できるかが職人の腕の見せ所で、「仕事より張り切っている」という声もあるという。今やイベントの目玉企画でもあり、イベント開始の午前中にはなくなってしまう人気グッズとのことだ。また2014年開催の第4回から実施されている「仲間回しラリー」も人気企画だ。町工場同士の連携によって製品を完成させる通称「仲間回し」を体験できる(モノづくりたまごや仲間回しラリーの詳細については後編で紹介)。
他にも各種体験企画や工場アパートの公開、外国人ツアーなど毎年さまざまなアイデアが積み重なり、今の形へと進化してきた。
アンケートなどから来場者の満足度はとても高く、オープンファクトリーのファンもかなり増えているという。また活動した学生の中には、大田区役所や町工場に就職した学生もいるそうだ。大田区以外でも「各地の団体がそれぞれの目的を持ちながら開催を進めていけば、オープンファクトリー自体の認知度も上がり、より盛り上がるだろう」と野原氏は期待する。
大田区は町工場と住宅地が混在しており、においや騒音の対策は以前からの課題だった。海沿いへの工場の移動や工場アパートへの移転などを推進したものの、あまり進まなかった経緯もあった。後からマンションが建ち苦情が増えるということもあった。そのため最近はシャッターを閉めて作業することも多く、近所の人も何が行われているのか分からず、余計にコミュニケーションが取りにくくなっている。岡村氏は「地域の人たちが地元で行われているモノづくりの価値を知らないままなのは問題ではないか」と指摘する。「何をやっているのか分かれば、地域の人の誇りにもなるだろう」(野原氏)。こういった町づくりにおける課題の解決もオープンファクトリーは担っているといえる。
観光、産業、町づくりを「横断的に考える」のが自分たちのスタンスだと岡村氏はいう。「単にお金が落ちればよいというものではなく、町づくり、モノづくり、観光が一体となったものにする必要がある」(岡村氏)。野原氏は「バスに載せて大きな施設に連れて行くステレオタイプの観光をしたいわけではない」という。単にその時々にイベントを盛り上げていくのではなく、どう続けていくかをしっかり考えていきたいと語る。
イベントの開催は、地域振興や経済効果の面でコストパフォーマンスの良い方法ではあるという。従来の設備を利用すればよく、発信力も高いからだ。
ただ継続的に実施していくには課題もある。職人との対話や体験などの企画はきめ細かい対応が必要になる。現在は学生やボランティア、町工場の持ち出しによるところも大きい。旅行会社が関わる町工場のツアーも存在する。ただ集客力は高いものの、現地でのガイドなど詳細は、以前から活動している人に頼らざるを得ず限界もあるという。ビジネス化すると効率を優先せざるを得ないため、来客数の維持やリピーターができるような仕組みが必要になってくるとする。
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