集まった見積もりを合算すると大変な金額だった。急な指示で始まったこととはいえ、あらかじめ予算をとっていたわけではない。この金額だと、予算枠の獲得に相当な困難が伴いそうなことは私にも伺い知れた。
予算大丈夫かな……。必要なツールを準備できなければ、モデルベース開発の成功はあり得ないし……。でも山田課長からの指示だし、きっと大丈夫!
私は、不安を感じながらも、山田課長に見積もりの一覧表と、各ツールの見積もり書を添えて提出した。
山田課長は、報告書や見積もり書を基に、手慣れた手つきで実行計画書を作成していく。見る見るうちに、ツールの構成/必要数/概要/必要な理由/投資効果/導入しない場合のリスク/見積もり内容など、予算獲得のために考えられるあらゆる項目が書き込まれていく。
山田課長は、作成し終えた計画書を持って大滝部長の席に向かった。
部長、モデルベース開発を成功させるためには相応の投資が必要です。必要と思われるソフトウェアや装置などのツールをピックアップしました。役員会での稟議をお願いします。
本当に必要なのか? うちでは作れないのか? 今うちにあるものは使えないのか?
大滝部長が浴びせる質問に対して、山田課長は全て予期していたかのように淡々と答えていく。
……。うむ。大筋は理解した。しかし予想以上に高額だから、役員に説明するにはインパクトが足りないかな。ISOをからめた説明を追加して、もう少し必要性を強調するようにしておいてくれ。
大滝部長の言う“ISO”とはISO 26262のことだ。自動車向け機能安全規格のことで、今後の車載システム開発では、必ず準拠が必要になるといわれている。
山田課長は大滝部長からの指示に基づき説明資料を修正した。そして、モデルベース開発に必要なソフトウェアや設備を自社開発するには、購入するよりも費用や工数が掛かる説明を追加し、ISO 26262の中でモデルベース開発に言及されている箇所も引用していた。
こうして大滝部長の承認をもらい、モデルベース開発に必要な予算の申請が、次の役員会の稟議に掛けられることになった。
2日後、大滝部長から山田課長宛に、
役員への説明は1週間後に決まった。君も同席するように。
というメールが届いた。山田課長の少し安堵した様子に、私はきっとうまくいくと感じていた。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.