積層造形法の技術開発が進む中、1986年に3D Systemsが世界で初めて3Dプリンタを製品化しました。この3Dプリンタには光造形法が採用されています。
同じ1986年の10月には、SLS(Selective Laser Sintering、粉末焼結積層造形法)に関連する特許「Carl Deckard氏:米国特許4,863,538 ” Method and apparatus for producing parts by selective sintering”」がテキサス大学から出願されました。これを含む一連のSLS特許に基づき、Carl Deckard氏らはスタートアップ企業Desk Top Manufacturing(DTM)を設立しました。
1989年10月には、StratasysがFDM(Fused Deposition Modeling、溶解堆積成形)に関連する特許「Crump氏:米国特許5, 121,329 "Apparatus and method for creating three-dimensional objects" 」(日本特許2088100/特開平03-158228「三次元物体を創作する装置及び方法」)を出願しました。
先に登場した「レーザ光源を使用するSLS」よりも、後から登場した「単なる熱源を用いるFDM」の方が、3Dプリンタを製品として仕上げるのは容易でした。そのため、FDMが3Dプリンタの主流となり、DTMのSLSを用いた3Dプリンタの事業化は失敗に終わりました。そして、SLSに関わる知的財産権は、2001年にDTMの事業を買収した3D Systemsに継承されることになりました。
2006年には、英国の研究者が中心となって、オープンソースの3Dプリンタ開発プロジェクト「RepRap」を立ち上げました。この行動は、2009年の3D Systemsの光造形特許(Hulls特許)の権利期間満了を意識したものと考えられています。そして、2014年にはStratasysのFDM特許(Crump特許)も権利期間満了を迎えます。基本特許の開放により、3Dプリンタは新たな事業開発の競争段階に入ることになります。
ここ数年で多く登場した廉価な3Dプリンタは全てオープンソースのRepRapから派生したものです。また、Bre Pettis氏が廉価版3Dプリンタで有名なMakerbotを設立したのも、光造形特許(Hulls特許)の権利期間満了直後のことです。(その後MakerbotはStratasysが買収、関連記事:3Dプリンタと3つの誤解)。これらのように3Dプリンタが大きな期待を集めるようになったのには、特許の環境が深く関係しているのです。
3Dプリンタを一躍有名にしたのは、2012年8月に設立された「National Additive Manufacturing Innovation Institute(NAMII)」(米国オハイオ州)です。NAMIIは製造業で新たなイノベーションを生み出すために、3Dプリンタを初めとする積層造形技術を研究開発している施設です。NAMIIには米国の主要製造業が参加する他、米国国防総省なども参加しています。
このNAMIIの成功を受け、バラク・オバマ米国大統領は2013年5月9日に「Manufacturing Innovation Institute」を新たに3つ設立すると発表しました。
新たに設立された3つの研究機関は、国防総省管轄の「Digital Manufacturing and Design Innovation」と「Lightweight and Modern Metals Manufacturing」そしてエネルギー省管轄の「Next Generation Power Electronics Manufacturing」です。これらの研究機関には、2億ドルが出資される予定だといわれています。
合計15の研究機関で構成される「Manufacturing Innovation Institute」のネットワーク構築構想「National Network for Manufacturing Innovation(NNMI)」には10億ドルの拠出を予定しています。米国政府はR&D支援投資を重視しています。*)
用途に適した形態を製造するため、工業製品では何らかの形状付与(加工・成形)が必要となります。材料の塊から不要部分を取り除く「除去加工」、あるいは、所定量の材料を求める形状に変形する「成形加工」などが用いられています。それに対し、3Dプリンタは、材料を積み上げて立体物を作る「付着加工/付加加工」である点が特徴です。
現在、3Dプリンタと称されている技術分野は、これまで日本では積層造形、欧米ではRapid Prototypingと称されていた分野です。2009年1月のASTM International国際標準化会議において「材料を付着することによって物体を三次元形状の数値表現から作製するプロセス」を「Additive Manufacturing」(ASTM F2792、日本語では「付加製造」)と呼ぶことが決まりました。*)
付加製造では、3次元CAD やCG で作成した物体のデジタルデータを用い、立体物を造形します。従って「設計(デザイン)」と「製造(プロセス)」において、3次元データが連続的かつ一体的に利用され、従来の製造法とは異なる「デジタルファブリケーション」が実現できます。
デジタルファブリケーションでは、デザインとプロセスの融合による、新たな構造や形態の創出が期待できます。また、デザインで用いられる立体形状データの「オープンソースとしての利用」や「ネット上での共有」も可能になります。また、製造コストは使用される材料の量や工程数に大きく依存しますが、付加製造では原理的に最小限の材料量と工程数で製作が行えます。そのため低コストかつ低環境負荷での製造が期待できます。*)これらの期待感は、プリンテッドエレクトロニクスに対するものと同様のものです。
デジタルファブリケーションのメリットを考えれば「設計思想やデザイン性が重視される分野」や「多種多様な少量製造」、そして「量産前の試作段階」にこそ、3Dプリンタが活用されるべきだと考えます。3Dプリンタ技術が適用可能な材料も、樹脂や加工性向上材料の添加された材料だけでなく、金属材料そのものにも適用可能になっています。
ソフトウェアの知的財産としての取り扱いが課題となったのと同様に、今後は「造形デザインの知的財産としての取り扱い」が争点になってくることが想定されます。既にソフトウェアの知的財産やインターネットの普及を経験してきた分だけ、社会的な戸惑い感がなく、問題が軽減されればいいと考えています。
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