「角が丸い長方形の形状はiPhoneの知的財産」――メカ設計者にとっては恐怖すら覚える判決!? そんな知財問題には、TRIZを使った対策が有効だ。
ここ最近、知的財産(知財)に関する話題が世間をにぎわせています。
韓国サムスン電子(サムスン)と米アップルによる「スマートフォン」に関するさまざまな訴訟合戦。皆さんご存じのように、世界10カ国以上で「形状」や「操作性」などに関して争われており、アメリカではアップルが全面勝訴、韓国では痛み分け、日本ではサムスンが勝訴という結果になっていますが、そもそもの訴訟の論点が違うので、サムスンにとってはアメリカでの敗訴のダメージが最も大きいのではないかと想像しています。
「米アップルと韓国・サムスン電子の知的財産を巡る訴訟合戦は31日、アップルの訴えを認めた先の米連邦地裁評決から一転、東京地裁の舞台でサムスン側に“軍配”があがった。ただ、いずれも敗訴側が上訴するとみられるうえ、世界では両社の訴訟の多くがなお係争中。争点の知的財産がまちまちで、勝敗はばらつく公算が大きい」
(原文ママ)
「アップルVSサムスン混戦 訴え多様、判決ばらつき 販売差し止めの判断焦点」(日本経済新聞 朝刊 2012年9月1日付)より引用
これは、設計者にとって、非常に重い意味を持つ判例ですね。なぜなら、設計者の仕事は「図面」を描くことであり、その図面は必ず何らかの「形状」が表現されているからです。
もちろん、それらの形状は「目的とする機能」を実現させるために考えられたものがほとんどであり、「意味もなく作られた形」というものは少ないでしょう。そういう意味で、私は今回のアメリカでの判決「角が丸い長方形の形状はiPhoneの知財だ」といわれたことに、かなりの恐怖を覚えました。果たしてそこに「新規性」や「進歩性」があるといえるのか? 誰でもが思い付くような「形状」ではないのか? ……今後は、意匠も含めて幅広く知財を管理していく必要がありそうです。
そもそも形状と目的機能との整合性が取れればいいのであれば、形状に関してのアイデアをいろんな視点から生み出すことも大切になってきますね。そこで、使えるのがTRIZです。与えられた課題に対してTRIZで多くのアイデアを出し、それらで強固な特許網を築く。もちろん他社とは全く違った視点の「デザイン」で。TRIZなら、そういうことも可能になります(図1)。
また、新日本製鉄(新日鉄)と韓国ポスコとの技術流出(要は産業スパイ行為の有無)についての訴訟も半年くらい前に話題になりました(図2)。
こちらはまだ結論は出ていないようですが、企業の「秘密情報」も知財である以上、きちんとマネジメントする必要があると感じていますが、こちらの方は人の頭の中にカギを掛けることなどできないだけにもっと悩ましく難しい側面を持っていますね。
技術者が設計し試作実験したものを「忘れろ!」と言ってもそれは無理な相談でしょう。しかし、彼らが有するそのような秘密情報をどのように管理していくのかも、これからの企業の知財部門に与えられた課題ではないでしょうか。社内での公開の範囲、もしくはアクセス権の管理はもちろんのこと、機密情報に関するリテラシー教育など、自衛手段はしておくに越したことはありません。
話は横道にそれますが、この情報管理で思い出すのはサムスンの情報管理の徹底ぶりです。サムスンの会社内に入るのは空港の手荷物検査を受けるより厳しいです。もちろんPCは事前持ち込み登録をしておく必要があり、記憶メディアの装着部にはシール。携帯電話のカメラのレンズ部にもシール。シールを剥がすとそれと分かる仕組み。カバンは全てX線検査という厳格さ。もちろん社員全て同じです。なぜって? サムスン社員いわく「社員が一番危ない」とのことでした(苦笑)。
まあ、このような特許訴訟に関しては、古くは日本やヨーロッパなどが採用する「先出願主義」に対して、アメリカが採用する「先発明主義」による日米の特許制度の違いによるパテントトロール(特許を買い取り、一方的にライセンス権を行使する企業)などの問題など、これまでにも多くの訴訟が引き起こされていたことも記憶に新しいことでしょう。
これまで、世界の特許に関する潮流は「プロパテント時代」と「アンチパテント時代」を繰り返してきました。
「プロパテント」とは、「特許を保護することで産業競争力を増そう」というもので、特許権などの知的財産権を重視する強化政策です。その背景にあるのは経済のグローバル化による、対外的な国際競争力の確保の観点で知的財産権の擁護や強化への流れがあります。
一方「アンチパテント」とは、知財を法的に保護し独占させることで産業の発達を促すことを目的とする知的財産権(特許権、著作権など)の理念とは逆に、特許による独占行為を規制することで自由な競争と技術の普及を図り、それによって産業の発達を図るとする考え方です。いうなれば、特許そのものは認めるけど、行き過ぎた独占は技術の普及発展の阻害要因になるという論調ですね。
私は特許の専門家ではありませんから、それが妥当か否かは判断しかねますが、最近の潮流としては「プロパテント」化への傾倒が強いように感じています。しかし、戦略的に考えたときに、本当にプロパテント一辺倒でよいのかどうか。例えば、今までそういう市場がなかったところに、プロパテント志向で固めてしまうことは、新市場の拡大にいい影響を及ぼすでしょうか?
皆さんご存じの「カップヌードル」の発明者である日清食品の安藤百福さんは、当初インスタントラーメンの製造方法の特許を取得し商品の信用を守ろうとしました。しかし、1964年に一社独占をやめて日本ラーメン工業協会を設立し、メーカー各社に使用許諾を与えて製法特許権を公開・譲渡しました。このとき安藤さんは、「日清食品が特許を独占して野中の一本杉として発展することはできるが、それでは森として大きな産業には育たない」という言葉を残しているそうです。
自社の利益を増やすための戦略として、プロパテントだけではなくアンチパテント的な思考を取り入れることも有効であるという優れた事例ではないでしょうか。
プロパテントとアンチパテントは、真逆の考え方です。TRIZでは、このどちらかの戦略をとるかを考えるときに、「逆発想原理」や「災い転じて福となすの原理」の応用とみることもできます。つまり、従来のプロパテント戦略で市場に投入した商品がいまひとつ売り上げが伸びないのであれば、「逆発想原理」でアンチパテント戦略を取ってみるとどのようなシナリオが描けるのか? と考えることです。もちろん、自分で権利化してそれをステークホルダーには安く(もしくは無料で)使ってもらうという第3の戦略もありますね(これは、iPS細胞を研究している京都大学の山中教授の特許関連記事が参考になります)。
ところで、技術部門にいる皆さん方は、多分ほとんどの方に特許に関する出願のノルマみたいなものをお持ちなのでは?そして、そのノルマに苦しんでいるのが現実ではありませんか?
特許庁が出している月毎の特許出願件数の推移を見てみると(図3)、まさに公共事業並みの年度末ノルマ消化型の様相を呈しています。もう少し計画的に、たとえばテーマ起案時のコンセプトレベルでのアイデアや、開発時のさまざまな改善に使ったアイデアなど開発プロセスの中で生まれてきたアイデアをきちんと整理して出願していくことが求められているのに、なかなかそれができない。
それは、そもそものアイデアが「その場での改善策の思い付き」だけで進めていくことにも原因があるのかもしれません。
TRIZを使うことで、その思い付きの量が格段に増えます。量が増えるということはそれに伴ってアイデアの質も高まります。「いかに強い特許を他社に先駆けて出願していくか?」――TRIZを活用することで実現する方法については連載が進むに従って書いていくつもりですので、今しばらくお付き合いください。
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