最適な板金材料を選択する方法について学んだ後で、今すぐ活用できるL字板金のクラック対策テクニックを紹介する。
根川 甚八(ねがわ じんぱち)
根川製作所 代表取締役社長。団塊世代の大田区系オヤジ技術屋。通称、甚さん
国木田良太(くにきだ りょうた)
ADO製作所 PC事業部 設計2課 勤務。80年代生まれのイマドキな若者。機構設計者。通称、良君
*編集部注:本記事はフィクションです。実在の人物団体などとは一切関係ありません。
前回は、良君のこんな「問題発言」で終わりました。
……僕、今の会社を辞めたいんです。
ちょ、ちょっと待て……。
甚さんは前々から、良君の職場が抱える問題について、ちょくちょく話を聞いてきました。あらためてよく話を聞いてみると……、考えていたよりも事態はずっと深刻だったことが分かり、甚さんの腹の底から怒りがフツフツとわいてきました。
うちの会社は、ISO9001を取得していますが、設計部にも生産技術部にも、「設計書がない」んですよねー。
設計部なのに、設計書がない。10億円の生産ラインの設計書がない! それって何かい、「寿司(すし)屋なのにマグロがない」「吉牛(ヨシギュー)なのに、牛丼がない」ってことかい? そいつは、つれぇーなぁ!
江戸の魚市場を発祥の地とする「吉野家」(通称「吉牛」)は、甚さんが毎日のように通い詰めているお店です。“牛丼戦争”が激化する今日ですが、江戸っ子にとっての廉価版牛丼といえば、「吉野家」と決まっているのです。
かつて米国産牛肉のBSE(牛海綿状脳症)問題が騒がれたころに、吉牛から牛丼が消えました。「牛丼のない吉牛」「設計書がない設計部」。前者は、ものの見事に復活しましたが、後者の復活は相変わらず困難です……。そんな曖昧な日本企業の隙を突いて、隣国の巨大企業が急成長したのです。
ISO9001は取得済みなんですが、うちの会社にやってくる審査員も、設計書の提示を求めないんです。なので、うちの「設計審査」は「技術説明会」になっているってわけですよ。あーもー嫌だ嫌だ、こんな会社……。
ISOで「設計審査」は必須になっているはずだが、オメェたちは一体何を審査しているんだ? 車検は「車」そのもの、ミスコンなら「履歴書」! 書類審査を通過した“美しき乙女たち”が、会場で審査されるってことよ。あん?
「技術説明会」ですから、「承認」しかないんです。「却下」がないから「再審査」もありません。おまけに緊張感もありません。設計者は、先輩の図面を写し取るだけ。従って、材料に関する知識も皆無ですー。
えっ! ちょいと待った。そんじゃ、オメェんとこの技術者連中は、食材を知らねぇ、寿司屋、蕎麦(そば)屋、ラーメン屋、居酒屋に行っても、何も文句を言わねぇ連中なんだな?
いいえ、真逆です。うちの課長なんか、店主を呼びつけて怒鳴っています。「こんなまずい、焼き鳥は食ったことがない! どこの産地かも知らないで仕入れているのかよ?」だって。笑っちゃいますよね。ハハハ……。
以前の連載「甚さんの技術者は材料選択から勝負に出ろ!」で、機械材料について解説しました。その第8回、「もっと高めろコスト意識! これだけ覚えろ材料特性!」の中で紹介した、隣国の巨大企業の女性技術者から、再び、お礼の電子メールをいただきました。
彼女が感銘を受けた部分は、以下の内容だそうです。
- 料理とは、限られた食材で最高の料理を提供する。これがプロの料理人です
- 設計とは、限られた材料で最高の設計を提供する。これがプロの設計者です
今回は、このセンテンスに関連した板金設計の話題で進めましょう。
その前に、前回学習した実務知識をもう一度確認してください。
特に1〜3は、内容の重複と捉えないでください。
板金設計の初回としては、避けて通れない基本形です。そして、今回も同様、避けて通れない基本形で、一部の記事に重複部分があります。
確認が済んだら、今回のテーマ「板金材料の最適な選択方法」に入りましょう。
ところで甚さん! 「設計」と言っても、何から開始するんですか?
いろいろな切り口があるぜぃ。あるヤツはよぉ「研究」から、あるヤツは「企画」からと言う。一般的には「設計書」または「材料選択」からと言うらしいぜぃ!
少なくとも「材料選択から」では、飛ばし過ぎでしょう。きっと、甚さんは言うんでしょう? ――「いきなり、食材を選択する料理人はいない!」と。
おぉ、さすがに院卒、ていしたもんだ。ついでに、いきなり材料を選択する大工もいねぇってことよ。材料を知らねぇのは、オメェら3次元モデラーだけだ! あん? そうだろ?
なぜなら、その商品や部品の「使用目的の明確化」と「設計思想とその優先順位」が確定しなくては、材料選択はできないからです。
そうでなければ、下記に示す「負のスパイラル現象」が起こります。それが、今、多くの日本企業で発生しているのです。
⇒ “設計”ではなく“造形”する
⇒ 先輩の図面を写し取る
⇒ 図中の材料欄も、もちろん写し取る。ついでに公差も写し取る
⇒ 材料に関して何も疑問を抱かない
⇒ 材料知識は不要
⇒ やがて管理職になる
⇒ 図面読めない描けない設計管理職の登場
⇒ 図面の材料欄を検図しない(実はできない)
⇒ 社告・リコール発生
⇒ 隣国の企業に一気に追い抜かれる
⇒ 隣国の企業パワーで日本企業が衰退
⇒ 日本企業のリストラ、倒産、吸収合併
ずいぶんと、日本企業は衰退してしまったようです。近年、スカウトだけでなく、自ら希望して、隣国企業へ転職する若手技術者が増加しています。
僕の大学の同期も、日本企業から隣国企業へと転職しました。あまりにも多くの技術者が退職したので、その日本企業では開発に支障が出たんだそうです。そして、役員があたふたしているそうです。
それは、以前に聞いたぜぃ。その役員が、辞めた連中の行き先を調査しろって言ったんだろう? それが役員の仕事なのかよぉ? なさけねぇなぁ。
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