第1弾のガラスケース試作を開始し、地道な検討作業を繰り返しながら数カ月が経過しました。その後、第1弾のガラスケースを生かして、第2弾のアクリルケースの試作開発に着手し、ソフトウェアのプログラムでLEDの色調整や調光することに成功しました。この時点で、その仕様はほぼ現在の製品と同レベルまで到達していたと言います。
林氏は第2弾試作を完成させると、早速、森田氏に見せました。
そのとき、「森田さんの“ダメ出し”が、突然、多くなった」と林氏は冗談交じりに言います。恐らく、第2弾試作の完成度の高さ故だったのでしょう。
森田氏のダメ出しの1つは、「9つあるLED光源が、ユーザーの目に直接入らないようにしてほしい」ということでした。確かに、美しいLEDであっても、それが直接目に差し込んでまぶしいとなれば、せっかくの仏像鑑賞も興ざめでしょう。
そのため、製品では仏像ケース内の上部と下部のLEDの格納部を設け、LEDを埋め込みました(以下の写真)。
仏像フィギュアに適切にLED光源が当たる位置や、LED光源を遮らないような穴形状・大きさの設定に苦労したことでしょう。
森田氏からのもう1つのダメ出しは、「仏像フィギュアを真上から入れる構造ではなく、ケースの背面から入れる構造にしてほしい」ということでした。
雛人形などを入れる一般的なケースでは、通常、上から開けて人形を入れます。それなのに、なぜ?
そこが、本物の仏像や仏像フィギュア製作に長年携わってきた森田氏のこだわりでした。仏像を上から出し入れすると、どうしても仏像フィギュアの顔の部分を持たざるを得ないことに納得がいかなかったということなのです。
仏像において“お顔”は最重要、いわば“命”と言えます。ケースへの出し入れの際には、フィギュアの台座か胴体を持ってもらうようにすれば、“お顔”へのダメージを減らせます。
森田氏の仏像フィギュアを大切に思う気持ち故の、“思いのこもった”ダメ出しだったわけです。
「イSムの仏像フィギュアをいかに美しく見せるか」。林氏によるこだわりの工夫は、ケース内の仏像フィギュアの背景に貼る紙の色・質感選びにまで及ぶことになります。
林氏は、特定の和紙のサンプルを取り寄せ、その1枚1枚にさまざまなLEDの光を照射し、「どの背景が、最も仏像が美しく見える色なのか」吟味していきました。
その結果、仏像フィギュアの背景色は、聖徳太子が「大化の改新」で定めた「冠位十二階」の色の中で最も高貴な色といわれた「紫」と、官位三位の「群青」(ぐんじょう)を選定し、実際に採用しました。
その最終選択が、林氏にとっては「意外だった」と言います。最初、同氏は「仏像なら、神々しい黄金色だ」と思っていたからです。実際、背景が金色だと、逆に仏像フィギュアが目立たなくなって、濃くて地味な背景色の方が映えるということが分かってきたのです。
さて、そんな林氏による仏像フィギュア専用LEDケースの開発でしたが、最初の2年間は、ほぼ林氏の個人的趣味の延長として継続してきました。そしていよいよ2010年に、林氏のこだわり抜いた試作品の完成度に大きな感銘を受けた森田氏が、その製品化に“GOサイン”を出すときがくるのです。
仏像フィギュアケースのLEDをコントロールするためには、専用のユニットが必要です。つまり、ケースを量産して世の中に出すためには、それなりの費用を投じて、LEDのコントロールユニットの開発をする必要が出てきます。
まずその基板を起こす必要があります。それに当たっては、基板の設計費用、試作のためのエッチング費用、実装代金、その他部品代など、さまざまなコストが発生します。
LEDコントロールユニットの基板試作を林氏に依頼した森田氏は、その費用感覚が、仏像製造の分野とは全く異なっており、そのコストの大きさに「正直、おどろいた」ということです。
林氏の仏像フィギュアケースは、コントローラーに実装したプログラムにより、9つ全てのLEDを一灯一灯、12系列のパターンで、ともしていきます。
この林氏独自開発のプログラミングにより、LEDそれぞれの光量の増減の組み合わせにより、無限ともいえる照明効果を実現できます。
全自動LEDのコントロールプログラムの特徴は、点灯の立ち上がり時間や暗転する立ち下り時間にあります。「見せ場は、意図的にホールドしつつ、じっくり見せる」といったパラメーターもあります。
林氏は毎夜、仏像フィギュアと向き合いながら、自分の中で納得しながら、そのような仕様を検討していきました。
開発当初、林氏は、ユーザー自身がリモコンを使って自由にコントロール可能な機能を備えることを考えました。しかし、仏像フィギュアを購入するユーザーの年齢層や、純粋に“フィギュアの美しさを楽しみたい”というユーザーの心理を付き詰めて考えていくと、「仏像フィギュアの表情を“一期一会で”楽しむ」というコンセプトに行き着いたのです。それなら、「あえて、ユーザー自身では光をコントロール出来ない」方がよいと考え直して自動化したのです。
このLEDの“位置取り”で注力したことは、「いかにして、仏像の“お顔”を美しく照らすか」ということでした。
仏像によっては、“お顔”が、下向き加減だったり、上向き加減だったりします。MORITAの仏像フィギュアは幸い、全て、ほぼ同じ大きさにそろっていて、“お顔”の位置はおおよそ統一されていました。しかしそれでも、全ての仏像フィギュアにマッチさせる位置取りに苦労したということです。
林氏は、LEDのパラメータの調合で、製品名にもなった「ゆらぎ」(わずかなずれ)を表現したかったそうです。このゆらぎのパターンには、「人の肉眼でほとんど分からない。でも、ふとしたことで“照明が変っている”と実感できる」という、非常に微妙な変化を盛り込んでいます。そのため、パラメータの調整には一番時間をかけたとのことで、その回数が分からなくなるほどに改良に改良を重ねたそうです。
LEDによる繊細な仕掛けによって、人が気がつかないほどのスピードで、“お顔”が徐々に変化していくさまに、私はまさに、“オドロキ”を感じたのでした。
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