米国の名門レーシングチーム「Penske Racing」では、CADやPLMをどのように活用しているのか。その開発事情も紹介した。
米PTCのユーザーイベント「PlanetPTC Live 2011」では、同社の新製品やロードマップなどが発表されるとともに、さまざまな企業・団体がPTC製品の使用事例が紹介された。レーシングチームの名門、米Penske Racingもその1つだ。ここではPenske Corporationによる講演およびインタビューの内容を紹介する。
Penske Racingは1966年にロジャー・ペンスキー(Roger S. Penske)氏によって設立されて以来、さまざまなレースに出場してきた。米国で高い人気を誇るフォーミュラカーを使用するインディカー・シリーズ(IndyCar Series)や、市販車をベースとするストックカーで競うNASCARといったレースで多くの成績を残しているレーシングチームの名門だ。Penske RacingはPenske Corporationのグループ企業で、ほかのグループ企業には、トラックのライトにおいて米トップサプライヤであるTruck-Liteや同じく米国トップのカーディーラPenske Automotive Group、燃料関連のサプライヤであるDavcoといった企業がある。
講演ではPenske CorporationのSenior Vice PresidentでCIOのStephen Pickett氏が「ピットストップにおける革新(Innovation at the Speed of a Pit Stop)」と題して、レースの流れやCADやPLMの活用事例を紹介した。
Penske Racingの拠点では、車両の設計から製造までを一貫して行える環境が整えられている。そこでは常に先々のレースのための車両が組み立てられている。また2分の1スケールの車両で空力性能を評価するための風洞や、車両をレース前と後にスキャンして、形状の変化のデータを取得するための設備も備えている。
レーシングカーの場合、車両の製造は1台ずつで進め方が全て違う。また使われている部品は4万から5万点にものぼり、設計変更も頻繁に行われる。エンジニアはさまざまな車体およびレースと関わっており、それぞれの関連性は複雑だ。その中でエンジニア同士のコラボレーションがうまくできないと、速い車両は制作できないという。また1台の車体のさまざまな箇所で同時に改良が行われているため、全体のバランスを管理することも重要だ。
一方レースの準備では、各工程の作業スピードも重視すべき項目だ。ライバルが考えつかないようなアイデアで性能を改善できたとき、レースで差がつくのだという。そういった設計変更のアイデアも、思い付けば3日ほどで形に仕上げなければならない。また本格的なレースの準備は4、5日で完了させなければならないということだ。例えばインディカーのレースの1つであるインディアナポリス500マイルレース(インディ500:Indianapolis 500)では、3週間ほど現地に滞在する。その期間に部品の再設計や車の分解・組み立ても行い、まさに現場で開発を行っている状態だ。
このようにスピードと協調が要求される同チームの業務では、CAD/PLM製品が重要な役割を担っているという。3次元CADツールは「Pro/ENGINEER Wildfire 4.0」の64bit版、PLMツールは「Windchill 9.1」を採用している。それに加えて「Creo Element/Pro」のCAMや構造−熱伝導解析、リバースエンジニアリング、金型アセンブリといった各種ツール、さらに組み立て手順などの技術文書作成ツールである「Arbortext」なども採用している。
同チームがWindchillを使い始めたのは1995年ごろのことだ。当時メルセデスベンツおよびエルモアのジョイントベンチャ企業として、レース向けの車両を制作していた。設計はイギリス、製造は米ペンシルベニア州、レースはアメリカ各地で行っていたため、作業をスムーズに連携させるために、Windchillのような統合機能を持つツールが必要だったという。
その後ジョイントベンチャを解消して、イギリスにあった設計拠点をペンシルベニア州に統合。同時にインディカーのレースに関するアセンブリと設計機能についても統合した。一方、参戦を始めていたNASCARのレースについてもインディカーの作業と合体させるため、作業を1つの拠点で行うようにした。そしてNASCARとインディカーのレースに従事するエンジニア同士のコミュニケーションをスムーズに行うため、NASCARの業務に対してもPTC製品を導入することにしたという。その際はまず、NASCARの設計・製造の工程にどのような課題があるかを徹底的にヒアリングした。そして製品がそれらの問題をどのように解決できるかをNASCARのエンジニアに説明していった。「エンジニアがこれらのツールを使わなければ、ピットストップでの作業のように速いスピードで革新を起こしていくことはできないと説得した」(Pickett氏)という。
Pickett氏によると、採用後は以前と比べて、エンジニアリングチームが1つのチームとしてまとまって作業できるようになったということだ。今後は、さらにエンジニアリングと設計の連携を強化するため、サプライヤに対してもWindchillによるPLMの展開を進めているところだという。
Penske Racingは環境対応が勝敗の基準となるレースにも参加している。「レースの世界においても燃費向上や環境対応に注意が向けられている。それを勝敗を分ける要因にしたレースも存在する」(Pickett氏)。Penske Racingはその燃費レースで優勝したこともあるという。セブンポストリグという専用の車体に掛かる力を計測する機器を活用したりして、より効率のよい車を追求しているとのことだ。
今後のITツールの活用については「2011年はレーシングチームに関するIT機能を拡張しようということで2つのプロジェクトが立ち上がっている。今後もITツールの活用範囲は広がっていくだろう」(Pickett氏)という。2012年にはそのプロジェクトの1つとして、パートナーと協力してシミュレーションのソフトウェアの開発を進めていく計画だということだ。
加藤まどみ(かとう まどみ)
技術系ライター。出版社で製造業全般の取材・編集に携わったのちフリーとして活動。製造系CAD、CAE、CGツールの活用を中心に執筆する。
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