DICプラスチックは、その名のとおりDICグループに属する企業である。かつてはDIC(旧:大日本インキ)の一部門だったが、2000年に完全分社化され、各種容器資材から仮設資材、医療理化学資材、そしてヘルメットなど射出成形品全般を製造している。同社は単なるモールダーではなく、樹脂製品の企画設計から金型起工、製造、販売まで一貫して行う樹脂成型品メーカーだ。それだけに流動解析・構造解析などCAEの運用についても豊富な実績を持っている。そして、その中心にいるのが技術部で解析関連業務を担う海野瀬氏である。
「当社のモノづくりは、1m超の大きなものから数mmのものまで、モデル規模が非常に幅広く、また原料も多種多様なものを使っています。当然、ソフトウェアを使った解析の手法もいろいろ工夫しており、特に樹脂流動解析ソフトウェアについては、バージョンアップを重ねながら20年近く使い続けています」(海野瀬氏)。そう語る海野瀬氏は、樹脂流動解析について熟知した存在として社内外に知られ、講演やセミナーなどに講師として招かれることも多い。同氏によれば、樹脂流動解析を有効活用するために重要なポイントは3つあるという。すなわち「CAEに対する会社の理解とそのための人材育成」「スピード」、そして「計算精度」である。
「中でも特に注目したいのは計算精度です。これにはソフト自体の機能向上も重要になりますが、それはこの20年間で大きな進化を遂げています。精度もスピードも上がったし、オペレートも良くなりました。しかしいくらツールが良くなっても、使い方が悪ければ良い結果は出ません。そして、この使い方次第で計算精度が大きく変わるファクターとしても、同様に3つの要素が挙げられます。適切なモデルと適切な条件、そして適切な樹脂データがそれです」(海野瀬氏)。ここで海野瀬氏がいう“適切なモデル”とはシェル、ソリッドなどメッシュの種別やその品質、大きさなどを指し、また“適切な条件”とは、いわゆる成形条件や計算条件などを指している。さらに“適切な樹脂データ”とは解析に使う樹脂データ自体の精度の問題である。この3ファクターのうち、モデルと条件には絶対的な正解はない。つまり、それぞれ実際に自分で試してみるしかない。そして自分の会社では、どういう形のモデルが良く、どんな条件が適正なのか、自分で1つ1つ答えを出していくのである。
「しかし、樹脂データは違います。精度を左右する非常に重要なファクターなのに、軽視されがちなんですね。だから解析者自身がこの樹脂データに対する意識を変えさえすれば、すぐにでも解析精度を良くできる気がしています。ところが、同時にこの樹脂データの問題が、解析において近年一番のネックになっている問題でもあるのです」 (海野瀬氏)。
皆さんがこれから解析していくとき、まず一番に行うのは、おそらく樹脂データの確保だろう。自分が使いたい樹脂のデータがあるか調べるわけだが、まずは解析ソフトウェアの樹脂データベースの確認から手を付けることになるだろう。
「当然、このデータベースもすべてを網羅しているわけではないし、データ自体が古くなっている場合もあります。実際にやってみて“合わないな”というときは、実はこのデータに問題があることが多いんです」(海野瀬氏)。樹脂データベースが抱えるこうした問題の背景には、樹脂業界特有の事情があると海野瀬氏は語る。データベースに収録されたデータはもともと樹脂メーカー各社から提供されたものだが、その提供したメーカー自体が統廃合されるなどして、製品データの扱いがなおざりになっていることも多いのだ。企業の統廃合が頻発する業界だけに、その影響は無視できないほど大きいのである。データベースのデータが使えないとなると、後は自社で測定するか外部に測定を依頼するか、あるいは原料メーカーから直接データをもらう、ということになるが、これはこれで問題がある。すなわち、自社で測定するには専用の機器やノウハウが必要で、これができる会社は限られるし、専門家に外注すれば精度の高いデータが得られるものの、やはりそれなりのコストと時間がかかってしまう。一方、原料メーカーから直接データの提供を受けるのも、決して容易ではない。
特に最近は解析ソフトウェアの性能が上がってきているため、樹脂データも極めて詳細かつ多岐にわたる内容が求められるようになってきた。しかし、原料メーカーにしてみれば、そのような詳細にわたるデータを公開するのは、自社の樹脂を丸裸にするのと同じこと。だから公開したがらないのはある意味当然で、依頼しても断られたり、もらえても厳しく条件を付けられたりすることが多いのだという。
「予算があれば外注し、なければ直接原料メーカーに頼んでみる、というのが基本ですが、前述のようにデータの入手は困難な場合が多い。なので、ほとんどの皆さんはデータベースのデータを使うか、なければ代用樹脂データを選んで使用しているのが実態でしょう。しかしながら、データベースを使う場合も、前述のようにクオリティはいろいろなので、きちんとデータの中身を確認してから使う必要がありますね」と海野瀬氏はいう。
「樹脂データの精度を上げれば計算精度は間違いなく上がります。しかしながら、精度を求めるあまり1週間も2週間も時間をかけていたら仕事になりません。先に述べたように、スピードというのも重要なファクターなんです。実際、わたしのところでも『1週間後に100%の答えを』というよりも、『50%の答えでいいから明日くれ』という依頼がとても多いのです。……そもそも解析で100%の答えが出るなんてあり得ないんですよ。必ずどこか合わないところが出てくるはずで。ですが、50%の精度であっても答えを導くためのヒントが得られれば解析を行う意義は十分にあります。大切なのは“計算結果をわれわれがどう読み解き、うまく使っていくか”なのです。そのためにも、解析者は樹脂データに対してもっともっと気を使って、精度に対してどのような影響を与えるか認識すべきだと思いますね」(海野瀬氏)。
執筆・構成:柳井 完司(やない かんじ)
1958年生まれ。コピーライター、ライター。建築・製造系のCAD、CG関連の記事を中心に執筆する(雑誌『建築知識』『My home+』(ともにエクスナレッジ社)など)。
監修・資料提供:オートデスク マーケティング 笹谷 一志(ささや かずし)
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