ここにかかってくる電話は全てトラブルを運んできます。「手配したものが遅れそう」とか「現場の機械が故障した」とか「納期を早めてくれ」とか、はては「ワークをおしゃかにした」とか。電話を受けた事務方の女性は「またか」という感じで相づちを打った後、「少々お待ちくださいませ」と保留ボタンを押します。いつもの光景です。きっと、これからもいつもの展開が待っているはずです。
「課長、製缶課課長から電話です」との声が。ほら、いつも通り。
えーっ駄目だろぉ、そんなぁ。昨日も設変で大変だったのに、なんとかなんないのか? え? んー。そうかぁ、あそこのものはしょうがないな。ったく……。
やっぱり。
あーイトウ君はさ、いま忙しいみたいだから、午後から現場に行かせるから!
電話を切るなり、席に座ったままボクの方に目を移して課長がいいます。
「またトラブルだ」。
やっぱり。
今度は溶接ミスで、検査から戻ってきたものを、ばらして再加工して、また製缶するんだが、例の“大物”なんだよ。こいつを製缶に戻すのは、場所がないから厄介だなぁ。そっちの日程表もまた書き直しだぞ。
そうはいっても、作業リソースは限られています。O社の作業の合間でこちらの作業を行うように調整していましたから、O社の工程への影響は避けられそうにありません。結局、ボクの昨日の頑張りはムダになってしまったということです。
昨日の日程表持って、いまから営業部に行くぞ!
仕方なく課長と一緒に営業部に行き、昨日の日程表を見せながら、納期調整できそうなものを営業部の部長に確認します。営業部長は営業部長で困惑気味の様子。それはそうです。せっかく粘りに粘って受注した案件なのに、ボクたちがお願いしているのはその大切な案件の納期交渉なわけですから……。
営業部長はどうにか当初納期通りの予定を組めないかと食い下がりますが、課長はもう1つの案件の遅れが避けられなくなること、失敗すると両方の案件が納期遅れになることを何度も説明します。かれこれ30分近くあーでもない、こーでもない、の交渉を繰り返した揚げ句、結局、O社のオーダーを仕様変更対応を理由に遅らせることにしました。O社には申し訳ありませんが、ウチの溶接ミスによる納期遅れだけは避けなくてはなりません。
最後には営業部長が根負けして、O社の対応を直々に担当してくれることになりました。
ほっとしたのもつかの間、今度は作業状況を急いで確認しないといけません。現場に行って、昨日と同様、今後は溶接ミスしたオーダーの各部品の進捗を確認します。昨日と違い、今日は課長も一緒に確認作業をして回ります。なにせこちらの案件は部品点数が多く、サブユニット、ユニット、製品……と何階層もの子部品の加工があるものなのです。仕掛かり中の部品がどこまで進んでいるのか、現場をはいずり回ります。
作業は課長と半分ずつ手分けをして行うことになりました。今日は課長も一緒に残業だと思うと昨日よりは気楽です。せっかくタダで夕食にありつけるチャンスを逃したのは残念ですが、仕方ない。何よりも昨日あれだけ頑張って作成した予定表がまったくムダになったこのやるせない気分を、今日は課長と共有できる気がする。うん。そう考えると少し楽しくなってきて、ボクはすっかり彼女へのフォロー電話をすることを忘れて黙々と進ちょく確認作業をこなしていきました。
さすが“大物”です。いくら進ちょく確認で歩き回っても、まだまだ確認個所は減りません。
今日も残業か……。
終わりそうもない確認リストを手に、さらに暗い気持ちが襲ってきます。ボク、そういえばお昼ご飯も食べそびれたんだな……。胃袋がちぎれそうです。
作業の途中、部品を探しながら、今朝、試験課の課長がいっていた進捗の管理方法の話を思い出しました。今どき、黒板に記載していくなんて原始的なことでは、この多量の仕掛かり品に太刀打ちできそうもありません。
そういえば、企画品を作っている職場では、現品表にバーコードが付いていたな。明日にでも、どんな仕組みなのか、聞きに行ってみるか。
イトウくんの目覚めは近い!
株式会社シムトップス
シニアソリューションアーキテクト
伊藤 昭仁(いとう あきひと)
個別受注生産の製造業向けの生産スケジューラ/工程管理システムの導入前の提案からシステム導入後の立ち上げサポートまで、広範囲の業務に従事。
国内主要自動車メーカの金型部門、工機部門、試作部門、半導体製造装置から原子力、火力、水力発電の設備や石油精製設備などのプラント設備まで、幅広い個別受注タイプの生産工場へ100社以上のシステム導入経験を持つ。
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