ここまで説明してきた路車間/車車間通信を用いるITSは、各国/地域の政府と多くの企業が協力して行う、官民一体型プロジェクトの下で技術開発が進められている。これに対して、自動車メーカーなど個別の企業がサービスとして立ち上げ、現在ではドライバーにとって最も身近な存在になりつつあるITSも存在する。それが、プローブ情報を活用した渋滞予測サービスである。
プローブ情報とは、移動する自動車を道路交通システム内における1個のプローブ(探針)と見なし、それらの自動車から得られるさまざまな情報のことを指す。中でも、代表的なものとして知られているのが、車両の位置情報と走行時の速度データから得られる交通情報だ。
VICSでは、道路上に設置されたセンサーから交通情報を得ている。つまり、センサーの存在する場所以外の情報を得ることはできない。これに対して、プローブ情報の場合、自動車という道路上を自由に移動する動的なセンサーから得た交通情報を活用できる。そして、プローブ情報による交通情報をサーバーなどに集約してデータベースとして活用することにより、より高い精度の渋滞予測を行えるようになる。
プローブ情報を用いた渋滞予測を、他社に先駆けて提供し始めたのが本田技研工業(以下、ホンダ)である。同社の純正カーナビゲーションシステム(以下、カーナビ)向けサービス「インターナビ・プレミアムクラブ」は2002年のサービス開始から順調に成長し、2010年5月時点で110万人もの会員を獲得した。
そして、ホンダは2010年2月、ハイブリッド車「CR-Z」の発売に合わせて、業界初となる通信費無料のサービス「リンクアップフリー」を開始した。同社のインターナビ事業室で事業推進ブロックのチーフを務める石藤雄一郎氏は、「通信費が無料になれば、有料であることに起因する通信接続へのためらいがなくなり、常時接続が当たり前になる。これによって、会員からリアルタイムの交通情報をより多く得られるようになる」と語る。
もちろん、常時接続によって会員にもたらされるメリットも大きい。例えば、同社が、インターナビによる渋滞予測のメリットの1つとして挙げている燃費向上の効果をさらに増大させることができる。一般的に、自動車は、渋滞を避けられれば、ストップ&ゴーの動きが少なくなるので、その分の燃料消費量を減らすことが可能になる。リンクアップフリーを利用することで、渋滞予測の情報を高い精度でいつでも受けられるようになり、渋滞をうまく避けることで燃費が向上することになる。
現在、リンクアップフリーの対象車種は、CR-Zと、2010年4月に発売した「インサイト」の特別仕様車という2種類のハイブリッド車に限られている。石藤氏は、その理由として、「CR-Zとインサイトでは、インターナビのサービスによる『燃費の見える化』の効果を、よりはっきりと感じることができるからだ」と説明する。両車種は、燃料消費の少ないエコ運転を支援するための機能を備えている。この機能は、インターナビ対応の純正カーナビと連携させることで、ドライバーによるエコ運転度の詳細な内容や、低燃費で運転するためのヒント集とアドバイスを得ることができる。「運転技術の向上による燃費への効果をリアルにデータ化し、それを見てもらうことで、ドライバーの燃費に対する意識をさらに高める効果が得られる。そのため、ハイブリッド車からリンクアップフリーを導入した」(石藤氏)のである。
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