CAEは魔法の杖ではありません――オムロン事例メカ設計 イベントレポート(11)(2/2 ページ)

» 2009年08月07日 00時00分 公開
[小林由美,@IT MONOist]
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 それは「構想設計段階でも、詳細設計段階でも、CAEを逐次利用すること」だと土井氏はいう。

 製品設計段階における要所要所でCAEを活用し、設計の最適化を行うことで、多くの手戻りを未然に防いでいく。従って、製品設計者自身がCAEを活用することが求められる。

 土井氏が昔、当時の先輩からいわれたのは「手計算をできない人は、CAEを使うな」だという。

 「解析結果が妥当かどうか見抜けなければ、CAEにだまされてしまう。CAEを使えば成形不良が直るわけではありません。CAEは単なる道具に過ぎません」(土井氏)。

 CAEは便利な道具だが、決して“魔法の杖”ではない。人が使う“道具”でしかなく、電卓やエクセルと同じ技術計算ツールだ。つまり計算結果を基にして考えたり判断したりするのは人。CAEが有効な道具となるか否かは使う人次第というわけだ。

構想設計段階でも、詳細設計段階でも、CAEを逐次利用する:オムロンのプレゼンテーション資料より

 「電卓で検算できない人は、CAEにだまされます。自分でも、この式を使って実際に計算するようにしてください」と土井氏は説明し、下記のような計算式を紹介した。

圧損の算出方法 オムロンのプレゼンテーション資料より

 CAEは技術計算ツールで、計算による予測には必ず誤差が付きまとう。誤差を小さくする努力は専門家に任せ、設計者は誤差があることを前提に賢く使うのが得策だ。設計限界の見極めには実験も必要になる。CAEは設計の安全率の見当を付ける方法としては適しているが、限界を見極める道具としては適していない。そもそも、限界を見極める必要がない設計が肝心であり、設計の安全率の確認のためにCAEを使うようにした方がよいと土井氏は説明した。

設計者のCAE教育について

 製品設計工程でのCAE活用の利点は理解できるが、その実践と普及に苦労している企業も散見される。そういった場合どのように設計者を教育していったらいいのだろうか。

 オムロンでは、以下の項目に基づき、CAEの教育を行っているという。

  • 操作説明と演習
  • 成形の基礎知識
  • 運用方法と注意事項

 「CAEの操作自体はすぐに覚えられます。視点を変えないと解決できないように作った演習モデルでじっくり習得してもらいます。悪戦苦闘することでいろいろ操作を試してくれます」と土井氏は説明する。

 また、解析理論の基礎知識を付けることで、従来の対策検討方法「KKD」(経験、勘、度胸)からの脱却を図る。また、不良原因や対策の有効性のイメージを持つために、手計算も実施するように指導を行っている。

 CAE教育の現場事情について、上記の講演を行った土井氏にもう少し詳しくお尋ねしてみた。

――設計者へのCAE活用教育のポイントは?

オムロン ものづくり革新本部 評価・解析センタ 解析技術グループ 土井 博行氏

土井氏「CAEの使い始めは半信半疑な人が多いと思います。なんだか難しそうで、どう使ったらいいのかさっぱり分からない、と不安に思っているような……。教育のときには、そういった不安を解消するようにしています。ただ実務となれば複雑で、いろいろと考えなければならない要因がたくさんあります。それらをどう優先順位を付け、どう選択するかがポイントとなりますが、そうなってくると解析というよりは設計の領域になります。その点はどう教育していくか、今後の課題となっています」


――設計者が解析を敬遠しがちな理由とは?

土井氏「当社では、設計者は設計業務しか経験していない人も多いので、製品設計者にはCAEに対し過剰な期待を持っている人もいます。中には、過去にCAEで失敗してCAEにアレルギーを持っている人もいます。相当嫌な思いをしたんでしょうけれど……」

――オムロンの解析専任者に必要なことは?

土井氏「当社の解析専任者の多くは、元設計者です。ですから設計側の事情もよく分かっています。『設計を経験してから解析へいきなさい』といった特別な決まりがあるわけではないのですが『何の計算をするのか分かった人が解析をやるべき』という思想が社内で浸透していて、それが人事にも反映されているのだと思います」

――土井さんの場合は、どうだったのですか?

土井氏「私自身、もともと金型設計者でしたが、自分で解析部門への異動を希望しました。設計者時代に、『面白そうだ』と思って解析にチャレンジしたらうまく問題を解決出来たことがきっかけです。現実ではお金や時間の制約により試せないことが、解析上では試せることが醍醐味(だいごみ)だと思います。初めてCAEを使ったときも、それまでどうやってもうまくいかなかったことが、解析でいろいろ試した結果から解決の糸口を発見でき、素直に『これは面白い道具だ』と感心しました。これまでに異動や部署の事情などで、解析に携われないことが何度かあったのですが、結局は解析業務に戻ってきました。もしあのとき失敗していたら……いまの自分はなかったのかもしれませんが!?」

――未来は、実験がゼロになることはあり得るのでしょうか?

土井氏「よほど究極的にCAEの精度が上がらない限りは、実験がゼロになることは難しいでしょう。少なくとも現状のCAEは、まだまだそこまではいっていないですよね。しかし現状のCAEでも試作回数を極力減らすことは可能です。そして何よりも限界の見極めがいらないような、仕様に余裕を持った設計をしていくことも大事です」

――CAEとのベストな距離感とは?

土井氏「絶対値を求め、精度を高めようとすると、その結果を出すために入力しなければならない解析条件が際限なく増えます。しかも、どんなに細かく項目をつぶしていっても、現実とぴったり合わないものなのです……。ですから、解析条件はある程度に絞って入力し、いろいろな条件を試しつつ、傾向を見た(相対比較)方が早く問題解決ができます。解析で精度を執拗に追及するより、さっさと金型を作ってしまった方が早いこともあります。昔と比べ、金型も随分早く作れるようになりましたしね」

CAEは“魔法の杖”ではない

 「CAEは“魔法の杖”ではなく、人が使う“道具”でしかない」と土井氏は繰り返し強調した。設計者が、解析結果に振り回されないためには、基本理論の習得が大事だ。ただ理論の習得が必要といっても、精度を追求するあまり理論に入り込み過ぎてもいけない。自身の思い込みをできる限り排除し、CAEで得た結果を基にコミュニケーションを積極的に取りながら、自分がどこまで習得すれば良いのか理解することが大事だ。

 コスト削減・開発工数削減などさまざまな理由から、現代の製品開発では設計者自身によるCAEの活用が望まれている。その利点について理解をさらに深め、周知させ、現場レベルの手厚い教育体制を整えていくことが重要ではないだろうか。

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