新たな製品開発では、まず「要求機能」があって、それに合った「要素機能」に分析・分解して機能設計を行うのだが、最終的な「構造」が決まる前に「機構設計」という段階がある。機構を決めるにはさまざまな制約条件があり、いくつもの機構を組み合わせて最適なものを決めていく。そしてようやく構造が決定される。ここまではCADなどのツールが使えず、設計者の頭の中にアイデアがあって、それをポンチ絵にしたりブレインストーミングをしたりして設計を進める。吉川氏はこの開発プロセスを「フォワード型」と呼び、この部分に日本は相当の開発期間を費やしていると分析する。
ところがサムスン電子は、日本が製品を発表してからそれを購入してものづくりを始めるから、構造はすでに分かっている。日本人が苦労して最適設計したものを出発点として、構造から機構を分析し、機能を設計して完成品としている。これを元の製品と同じようにして作ると模倣品となってしまうが、サムスン電子ではそうはしない。ここからが勝負である。
「要素機能に分析・分解した後に、地域に密着した製品開発に基づいて機能を分けていくのがサムスン電子の『リバース型設計』だ。例えば、家電品は価格が月給を超えると手が出なくなるといわれている。インドの平均的な労働者の月給は1万円前後なので、インドでテレビや洗濯機を売ろうとしたら1万円以下の製品を作るのが絶対条件だ。その価格で作るにはどのような機能を盛り込んで、どの程度の品質が必要なのか、その分析を基に開発していく(図2)」
「BRICsの人口は30億人といわれているが、ブラジルやインドでは90%以上の人が韓国のサムスン電子かLG電子の製品を使っているといわれている。日本の製品はほぼ全滅だ。なぜなら十数万円もする洗濯機や冷蔵庫を売っていたら、ごく一部の人しか買えない。これがサムスン電子を成功させた地域密着型の製品開発だ」
日本はフォワード型の開発設計において、多くのイノベーションを生み出してきた。プラズマテレビや液晶テレビなどはそのいい例だ。サムスン電子は、イノベーションを自ら起こすことをせず、日本から情報を入手して3年後には同じものを作れるようになればいいとする。日本で革新的な製品が発売されたら、そこから追随できるように準備している。その代わり、商品企画(マーケティング)には非常に力を入れているという。
「サムスン電子では、構造設計から機能設計をして、機能から逆算してリデザインを行うのが非常な特徴である。携帯電話機などはこれが専門で、ノキアも同じことをしているが、リデザインというのは品数を増やしていくのに、構造を変えないでデザインだけ増やしていくという手法だ。日本はデザインを変えると、同時に構造まで変えてしまうから、設計のやり直しが発生して時間がかかってしまう」
サムスン電子のものづくりの特徴は、構造設計の後にもう一度商品企画をすることにあるという。そこで仕向け地の文化に合った製品に設計を変えていく能力が日本と比べて格段に優れているのだ。例えば2槽式の洗濯機は先進国では売れないが、BRICsで爆発的に売れているという。彼らにとってみれば、洗濯ができればいいという割り切った製品の方が喜ばれるのだ。
一方ヨーロッパで市場を独占しているサムスン電子製の液晶テレビは、デザインがワイングラスに似ていて非常に洗練されているという。ヨーロッパ人はデザインを重んじるので、テレビという機能のほかにインテリアとしての性能が求められる。こういうデザインを作るときに、サムスン電子では構造を変えずに簡単にデザインだけを変えられるノウハウを持っている。短期間で開発し、あっという間に市場を取ってしまう。これがグローバル戦略であり、地域密着型の製品開発だと吉川氏はいう。
「自動車の世界で起こっているグローバリゼーションは、インドのタタ自動車が発表したナノという30万円カーに象徴される(予定価格は10万ルピー、記事公開時の為替レートを1ルピー=2.44円として約24.4万円)。自動車は一般に、年収の半分を超えると手が出ないといわれている。ナノが30万円ということは、年収60万円の人なら購入できるということ。インドの人口11億人のうち、そろそろ1億人がこれに当てはまってくるそうだ。トヨタの生産台数が世界で1000万台に迫っているといわれるが、数年後にはインドだけで数千万台の自動車が販売されているかもしれない。そのときトヨタはどうしているだろうか」
その国の文化、収入に合ったものが売れる、これが吉川氏の主張するグローバリゼーションである。もし韓国企業のような模倣戦略が後発優位として成立し、グローバル市場を占有することで利益が拡大するのであれば、日本はイノベーション戦略、先発優位にとらわれてグローバルでの価格競争に後れを取ると、今後ますます利益が縮小し、いずれは撤退を余儀なくされるかもしれない。
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