同じ製品の外観形状を扱うことも多いのに、意匠デザイナーの気持ちと機構設計者の気持ちが擦れ違うのは、使用する単位系が異なるせいである。ここでいう単位系とは、厳密な意味での単位ではなく、意匠や造形の表現方法に関するものだ。
龍菜「『デザイナー“さん”の気持ちが分からない』っていうのは言葉が通じてないんだね」
ゆみ「それは、どういう意味ですか?」
龍菜「例えば、設計では直線や円弧で形を表現する場合が多いが、意匠設計では、手描きのスケッチから始まることが多いんだ」
ゆみ「よく見ます。『こんな形なんて、できへんやん!』っていうスケッチを」
龍菜「(また大阪弁や!)ハハハ、多分それには、頭の中にある漠然としたイメージも含まれているだろうから」
ゆみ「含まれ過ぎですから。実際に形として作れないと、製品も出来上がらないわけだし」
龍菜「そしてまた『この滑らかな曲線が』なんて、いわれるんでしょう?」
ゆみ「そうです。だから『その“滑らか”って何なの!? 試作品が出来上がってからではなく、設計段階でちゃんと定義しておいてよ!』って気分ですね」
龍菜「滑らかって言葉ひとつでもそんな感じでしょう。ほかにもあると思うけど、お互いに理解できる表現に変換して、初めて意思が通じると思いますよ」
ゆみ「へー、そんなことができるんですか? では、私に『滑らかな形状』というやつを説明してくださいよ」
龍菜「おっ! やけに挑戦的やね」
そういいながら、私はメモ用紙に太い鉛筆で「滑らかな線」をスケッチした。同じ形状をなぞるように何本かの線を重ねたので、近くから見れば多少のぶれはあるが、遠目に見れば滑らかな一本の線に見えるだろう。
ゆみ「お上手ですね」
龍菜「褒めても何も出まへん。大事なのはこれからやで」
ゆみ「実際の仕事だと、これでは図面で表現できないので、ちゃんと数値指定した『意匠指示図面』というのをいただきます」
龍菜「それそれ、その意匠指示図面が駄目なんや。ちょっと、パソコンの画面を見てごらん」
ゆみ「これは?」
龍菜「手描きのスケッチを3つの円弧で近似したものだ。もともとのスケッチ線もある程度の幅を持っているので“これくらいかな?”というところで近似している」
ゆみ「はい、こうやって円弧で図面指示してもらうと分かりやすいですね」
龍菜「でも、この時点で手描きのスケッチとは同じ形状ではなくなっている」
ゆみ「それは仕方ないんじゃないですか? 手描きのまま、金型を加工するわけにもいかないもの」
龍菜「問題なのは“曲率のつながり”だ。この画像を見てごらん」
ゆみ「あ、おヒゲ。おヒゲです」
龍菜「それぞれの円弧からヒゲのように伸びているのは、そのポイントでの曲率の大きさと方向を表現している」
ゆみ「“曲率”って何ですか?」
龍菜「つまり“曲がり具合”だね。曲率の定義は、
『測定ポイントの 1/R(曲線の半径)』
となるから、
『きつく曲がっているところほど、曲率の値は大きい』
ということだ。実際に、この曲線を使って曲面形状をモデリングしてみた画像が、これなんだが」
ゆみ「ガビーン! これなら私でも試作品にケチを付けますね」
龍菜「そうでしょう。要するに、曲率が不連続になっているところは、曲面の方向が急に変化する部分なんだ。そうしたら、反射光の向きも変わるよね」
ゆみ「だから、円弧のつながった部分がシワのように見えるんですね」
龍菜「そういうことだけど、今度はきれいにモデリングした画像を見せよう」
ゆみ「これは文句なしにきれいです。滑らかです」
龍菜「曲率の変化が連続なんでね」
ゆみ「どうしたら、こんなモデリングができるんですか?」
龍菜「デザイナー“さん”の気持ちをくんでやればいいんです。最初に描いた手描きのスケッチは滑らかだったでしょう?」
ゆみ「さて、どんな隠しコマンドを使うのかしら?」
龍菜「残念でした。隠しコマンドなんてありまへん」
ゆみ「ないんですか」
龍菜「大体コマンドに頼ろうとするのは、道具ばかりそろえてちっとも上達しないカメラマンみたいなものじゃないのかな?」
ゆみ「仕事柄、安いデジタルカメラでもそこそこの写真を撮る自信はあります」
龍菜「“写真”ではなく“写心”だね。心を写し撮らないとね」
ゆみ「心の写し方も、ぜひ教えていただきたいものです」
西川 誠一(にしかわ せいいち)龍菜
1956年生まれ。キャディック 取締役 最高技術責任者。1999年、三洋電機退社後、多くの企業で3次元CADを活用した設計プロセス教育、およびコンサルティングを行っている。Webサイト「龍菜」では、「重要なものを見抜けば、世の中にモデリングできないものはない」というキャッチフレーズで、多くのモデリングテクニックも公開。
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