腰掛けた椅子だって、実は変形している。変形したということは、応力が発生している。目に見えない現象は、頭でしっかりイメージを作る。
「応力」は設計強度を把握するための1つの指標ですので、それがしっかりと頭にイメージできていることに越したことはありません。今回はいよいよ応力についての説明となりますが、できるだけ数式を使わずにいきたいと思います。
ただ、数式を見ただけでアタマの中に数学の世界が展開できる人なら、数式で理解した方が早いのかもしれません。僕がかつて一緒に仕事をさせてもらった人は、数学科出身で、会社に入って解析の仕事をするようになってから材料力学を習得したそうです。その人は、「数式を見た方が分かりやすいよ」といっていました。いるんですね、こういう人……。うらやましい限りです。
僕の娘は大学で数学科を選びました。「マスマティカ(Mathematica)」というソフトを使って、偏微分などを解いています。そしてそれをグラフに描いては「美しい……」などといっています。
何で僕だけ数式が苦手なの?
応力を説明する前に、まずはモノに力が掛かった場合のメカニズムを知っておく必要があります。ここでは単に「モノ」と一言でいっていますが、実は、この「モノ」という言葉がとても大切なんです。
ここでは「モノ」=「着目物体」としましょう。着目物体とは、読んで字のごとく、まさに着目する物体のことです。だから「モノに力が掛かる」ということは「着目物体に力が掛かる」ということになります。
皆さんはこの記事をどこで読んでいるのでしょう? いすに座って、机の上にはパソコンがあって……そんな環境の人が多いのではないでしょうか。いすはアナタの体重を支えています。机はパソコンの重さを支え、机にヒジを付いている人がいればアナタの体重の一部も支えています。
着目物体をいすとすれば、いすにはアナタの体重が掛かり、いすはそれを支えています。
さて、視点をさらに広げてみましょう。いすは床によって支えられています。着目物体が建物の床と考えれば、床はいす、アナタ自身、机やほかの家具など、床に置かれているすべてのモノから力を掛けられていることになります。
このようにモノに掛かる力のことを「荷重」といいます。日本語変換では、よく「加重」と変換される場合が多いので、気を付けてくださいね。
着目物体を何にするか、これが大きなポイントになってきます。これまでの僕の経験では、特にCAEで着目物体がアイマイなまま、解析を行っているのをよく見掛けます。例えば、アセンブリを丸ごと解析してしまっている場合などです。もちろん、そういう解析が必要な場合もあるのですが、ほとんどの場合ではナンセンスです。設計がよく分かっていないから、単品部品への諸条件の落とし込みができず、アセンブリを丸ごと、解析してしまうのです。いすの脚の解析をしたいのに、ビルを丸ごと解析しているようなものです。
ですから、まず「着目物体は何か?」ということをよく考えるようにしていただければと思います。アセンブリの中で「これまで壊れたことがある部品」「軽量化のために穴を開けた部品」「材料を変えた部品」など着目すべき部品(着目物体)があると思います。
さて、着目物体に対して外から作用する力を「外力」といいます。外力により着目物体は曲がったり、伸びたり、縮んだりします。着目物体に外力が作用した場合、着目物体の内部に力が発生して、その外力に耐えようとします。その力を「内力」といいます。
長々と書きましたが、要するに以下のようなことです。
「着目物体に外力が掛かると、着目物体に内力が発生する」
非常に簡単なことのように思えますが、「設計物のどこの部分を着目物体にするか」というところは、設計者としてのセンスが問われる部分です。そして、この内力を「応力」といいます。
着目物体に外力が作用する(荷重が掛かる)と、内力が発生します。これは、荷重にモノが応じた証しです。この応じる力が「応力」です。
応力は英語だと、「Stress(ストレス)」になります。応力という言葉は知らなくても、ストレスという言葉を知らない人はいないでしょう。何もないところにストレスは発生しません。「上司のオコゴト」「奥さまの愚痴」「お子さまの不満」「仕事の遅れ」「お客さまの要求」「設計変更」……ありとあらゆるものが「外力」となって、アナタという「着目物体」に作用し、アナタの心にストレスが発生するのです。こう考えると、応力がとても身近に感じられると思います(図1)。
少々乱暴ではありますが、以下のような関係が成り立つと思ってください。
「プレッシャーとストレス」=「外力と内力」=「荷重と応力」
1本の丸棒をイメージしてください。この丸棒を両方から、ちぎれない程度に、引っ張ったとしましょう。その結果、この丸棒が分断したと仮定しましょう。その断面には外力に応じた内力が作用しています。このとき、内力と外力は釣り合っています(図2)。
この内力を体感できるのは、例えば重いカバンを持ったときです。そのときの腕の筋肉の緊張が内力です。アナタの腕が着目物体となり、カバンの重さが外力となり、アナタの腕の筋肉と骨に内力が発生しているのです。
材料力学は「イメージ(想像)すること」がとても大切だと思います。目に見えない世界を扱うことが多いので、頭の中で現象のイメージを作る必要があるのです。材料力学や構造力学の達人は「構造が泣いている」とか「材料が痛がっている」とかいう表現を使うことがあります。これも彼らが現象をイメージしているからこそ生まれた言葉です。
ここで1つのいすをイメージしてみてください。一般的ないすだと構造が複雑になってしまうので、木の切り株のような、中の詰まった円柱状のいすとします。そこにアナタが座ったとしましょう。いすはビクともしないように思えます。少しも変形しないように見えます。
それは私たちのサイズでモノを見ているから、そう見えるだけなのです。実は、アナタの体重を支えるべく、いすは変形しているのです。つまりアナタという荷重に応じて応力が発生しているのです。この変形のことを「変形量」とか「変位」といいます。そしてたいがい、変形と応力の発生は、同時に起こります。変形してないのに応力が発生する、あるいは変形しているのに応力が発生していないということは、まずありません。「応力と変形はセットだ」と思ってください(図3)。
さて、荷重がない場合は応力が発生しないのでしょうか? アナタがいすに座らなければ、いすの脚に応力が発生しないのでしょうか?
理論的な世界では、そのとおりです。荷重がなければ応力は発生しません。でも現実的な世界では、答えはノーなんです。
そう、僕たちは重力のある世界で暮らしています。地球上のすべてのモノに重力が作用しているのです。「万有引力の法則」ですね。部品そのものの重さが荷重となって自らに変形を与え、応力を発生させるのです。
これは人の目にもよく分かる例がたくさんあります。4〜5mの長めの角材を水平にしてみると、たわみます。これって角材の重さによる変形ですよね。
手元にノートがあったので、ノートが紙の重さで変形するシーンを撮影してみました(図4a・b)。
このような「自分の重さ」を「自重(じじゅう)」といいます。もちろん軽いモノだと影響しませんが、重ければ重いほど、構造の強度に効いてきます。
メカ設計フォーラムの連載、「『失敗学』から生まれた成功シナリオ」(東京大学 中尾政之教授)の「重力に打ち勝つ設計で、事故も防ぐ」という記事で、ハッブル望遠鏡や駐車場の扉を例に挙げ、設計に自重を考慮することの大切さを説いています。こちらも併せてご覧ください。
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