長年にわたりおびただしい数の失敗事例を研究してきたことで見えた! 設計成功の秘訣(成功シナリオ)を伝授する。(編集部)
1990年4月24日、ハッブル宇宙望遠鏡を載せたスペースシャトルが打ち上げられた。大気の影響のない宇宙で星を観察したい、という天文学者の長年の夢がかなったのである。
宇宙望遠鏡の予算がアメリカ議会に承認されたのはそれ以前の1977年だが、主鏡(しゅきょう)を磨くのに5年もかかり、さらに1986年のスペースシャトル「チャレンジャー号」の事故によって2年間遅れた。つまり、計画開始から苦節15年の夢だった。
ところが1カ月後に送ってきた画像は、地上で撮ったものよりは美しいが、設計分解能のたった20分の1のピンボケ像だった。
調べてみると、図1に示すように、直径2.4mの主鏡の端がわずか2μmだが理想曲面よりも平たくなって、反射光が焦点に収束しなかったのである。俗にいわれる球面収差(きゅうめんしゅうさ)である。
そのころの週刊誌などの批判記事は、地上で鏡を磨くときに自重で変形していることを考慮した補正をし忘れ、無重力の宇宙で大きく変形したのが原因だと書かれていた。だから、筆者はいままでそのように信じていたのである。
しかし、いまNASAのサイトを見ると、“研摩時に使った形状測定装置の滑り棒の塗装がはげて誤差が出たうんぬん……”と言い訳している。
天文学者は賢いサイエンティストであるが、1999年にはメートル単位系をインチ系と間違えて計算して火星着陸船を行方不明にしたという信じられない失敗もやっていた。だから、重力補正を間違えたというのも、さもありなんと思っていた。
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NASA - Hubble Space Telescope |
2001年にハワイ島のすばる望遠鏡を見学した。これは1999年に完成したものだが、直径8.2m、重量22.8tの主鏡1枚を使っている。しかし、重いので星を追いかけながら斜めに傾けると、重力で変形する。
このため、図2に示すように、261個のアクチュエータで主鏡を裏から押し引きして、球面収差を14nm以下に抑えるように補正する。一方、ハッブルは無重力下で動かすから、このような自重補正機構は必要ない。しかし、球面収差を補正するには何かが必要である。
そこで、わざわざスペースシャトルで宇宙飛行士を送り込み、船外活動によって、小さな補正レンズをコンタクトレンズのように追加設置した。その船外活動の様子は有名である。この補正レンズは単体だと小さいが、装置全体は写真を見る限り、実は大変に大きい。まるで大型の冷蔵庫のようである。いくら無重力下は軽いといっても、光軸を合わせるだけでも一仕事だったろう。
このすばるのような能動的な重力補正は、1982年完成の野辺山の電波望遠鏡でも採用されている。筆者は2002年に見学したのだが、主鏡は直径45m、重量700tとバカでかかった。当然、傾けると放物面がゆがむので、主鏡を構成する600枚のパネルを1枚づつ、四隅にあるアクチュエータで押し引きして、球面収差を90μmまで小さくする。
このころ筆者の研究室では直径1cmくらいの小さな非球面レンズを射出成形していて、「曲面が設計どおりにできたのか?」せっせと調べていた。この実験では、レーザーを曲面に照射して反射させ、理想面からの反射光と干渉させて縞(しま)を作り、縞の本数で理想面からの差異を測定していた。電波望遠鏡の放物面も同様に測定するのだが、その参照光はレーザーではなく、人工衛星から放射される19.45GHzの電波だった。さすが天文学は豪快である。
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