ある日、社長は“プロセス改善”と叫んだ組み込み開発の混沌から抜け出そう(3)(2/3 ページ)

» 2005年11月30日 00時00分 公開
[宮崎 裕明 横河ディジタルコンピュータ,@IT MONOist]

鶴の一声! トップダウンの落とし穴

 次は会社の方針、つまりトップダウンのケースをご紹介します。トップの顔がよく見えない大組織での、ある中堅開発リーダーの話です。



開発リーダー 「ある日、全社的な開発プロセスの改善に取り組むというお達しが出ました。ふーん、そんなこと始めるんだ……という程度にしか考えていなかったのですが、他人事ではありませんでした。間もなく、新しい管理ツールが配布され、それを使うように指示されたのです。そのツールを通じて、プロジェクトや各メンバーの作業状況を管理部門が把握するからと」

トップの決定事項ということですね。

開発リーダー 「そもそも、開発プロセス改善なんて寝耳に水だったし、現場のプロジェクトがどういう状況にあるかなんて、まったく無視した指示です。うちのプロジェクトは、その時期は佳境に入っていて、みんなピリピリしていました。メンバー全員に徹底するようにといわれても、現場を知っている自分には、メンバーにそんなことを頼むなんてできないと思いました」

こういう立場はつらいですよね。現場の状況が一番見えていて、いまはプロセス改善に取り組む適切な時期ではないことが明らかなのに。

開発リーダー 「結局、無理をいってメンバーに頼まざるを得ませんでした。プロジェクトやチームに対する評価に影響するという話になってしまったので。もちろん、メンバーは大ブーイングでしたよ。当然ですよね。私自身もまったく納得できなかったし」

現場からブーイングを受けながらも、義務は果たしているそうです。

開発リーダー 「その後、いいことはありません。まずチームの雰囲気が最悪です。それまでは仕事が大変でも、みんなで頑張ろうという、いい感じのチームだったのですが、メンバーの前向きな気持ちがそがれてしまっています。共通のツールを導入すれば、物事が見えるようになるなんていう単純な話ではないはずですよね。これで改善だなんて、冗談じゃない」



 トップの一声で管理ツールの導入が決まり、うまく進んでいるプロジェクトももちろんあり、よく雑誌などでも取り上げられていますが、それはどちらかというとまれなケースではないでしょうか。あるいは、一見トップダウンのようでも、ボトムアップとの絶妙なバランスがあるのかもしれません。

 開発の現場はいつも忙しく、そのすき間に割り込んでプロセス改善をやろうというのですから、上からの圧力が功を奏す場合もあります。とはいっても、現場の状況が考慮されていないように感じられるのでは、どうしても反感を買ってしまいます。上の命令だからやっている、やらされているというのでは、技術者の前向きな気持ちがなくなってしまって、生産性を低下させてしまいます。こんな状況は、本当は会社としても、うれしくない事態のはずです。

いつになれば成果を収穫できるの?

 今度は、「開発のやり方を改善する」という任務を帯びて、活動をリードしなければならない立場の話です。全社的、あるいはある程度大きな組織で改善を行う場合には、「改善推進」といった役割の人々を中心に進めることが多いようです。会社の方針や目標と、現場の実情との間に立ってかじ取りをする役割です。



改善推進担当者 「改善推進委員会という組織ができ、定期的な勉強会や現場へのヒアリングなど、精力的に活動してきました。忙しい現場の理解や協力が必要ですから、実際に開発をしている技術者の意見は無視できないと思っていました。委員会発足の時点で、長期的に取り組むという計画を立てようと考えました。こういう改善活動は簡単には効果は出ないでしょうし、焦ってやってもうまくいくとは思えませんでしたから」

現場の理解を得るためには急な変更は難しいこと、とはいえ、現在のやり方と新しいやり方を並行して行うのも無理であることなどを考慮し、周到な準備を行ったうえで、5年後に一定の効果を出すことを目標にしたそうです。

改善推進担当者 「まず問題をすべて洗い出し、それらを解決するために必要なルール、チェックリストや帳票類、効果を確認するための計測などの準備を開始しました。問題は予想以上に多く、立場による見解の違いもあります。それらを整理してまとめていくのは、とても時間と根気の必要な作業です。すでに1年以上が経過していますが、当初の計画からは大きく遅れています」



 改善していく活動は、人が主体です。開発現場の人たちの理解を得ようという視点や、現場の問題を吸い上げようという考えは、恐らく間違ってはいなかったでしょう。しかし、すべてを一度に解決しようとするのは危険です。全員が100%満足できる答えを見つけるのは恐らく不可能で、理想と現実のバランスの取れた着地点を見いだすのが難しいところ。現場の意見を大切にしながら慎重に進めている改善活動でも、すんなりとは進まないようです。



改善推進担当者 「新しいやり方の指標を見いだすために、これまでに現場のメンバーにもずいぶん協力してもらってきました。ですが、最近の現場へのヒアリングで、この改善活動は何のためにやっているのか、という質問が出てきました。現場にとっては自分たちの悲惨な状態がいつ良くなるのか、具体的に見えないのですから、当然といえば当然ですよね。そういう自分も、疲れてきているというのが本音です」

推進役は大変ですよね。気も使うでしょうし、慎重になり過ぎると進まないし。

改善推進担当者 「いまの最大の課題は、計画そのものの見直しです。これまでの調査結果や測定データはとても貴重で、やってきたことは必ず成果につながると思っています。でもこのまま数年先の目標のために、みんなの協力を仰ぐというのは、現実的ではないことが分かりました」



 5年後にご褒美をもらえるからといって、改善の活動を我慢して続けるのは難しいことです。プロセス改善は大勢の人が参加して成り立つ作業です。たっぷり時間をかけて、じっくり準備してから、一気に導入というやり方もないわけではありませんが、大きなゴールだけでなく、手の届く目標と、目に見える効果が必要ということでしょう。

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