連載「必要とされるモノづくりの追求」では、研究開発と実際の現場/ユーザーとの間に生じるギャップを整理しながら、技術の価値をどこに置くべきかを問い直し、必要とされるモノづくりの在り方を考察する。第5回は、大学の研究教育の場で「モノづくり×研究」をどのように学生へ伝えるべきかを、スマートメカトロニクス研究室の実践を交えながら考える。
これまでのコラムでは、「必要とされるモノづくり」を考える上で、研究開発と現場との間に生じるギャップ、現場を理解したつもりになる危険性、そして専門分野や担当部署を超えた多角的視点の重要性について述べてきました。
前回は、現在の研究教育の在り方そのものが、場合によってはモノづくりの本質を見えにくくしてしまう可能性について考えました。
専門性を深めることはもちろん重要です。しかし一方で、現場の課題は一つの専門分野だけで解けるほど単純ではありません。
では、大学の研究教育の場で、私たちは学生に何を伝えるべきなのでしょうか。今回は、私たちの研究室で大切にしている「モノづくり×研究」の在り方について述べたいと思います。
大学教員として、筆者が学生に伝えたいことの一つが、モノづくり×研究の方法論です。
モノづくりというと、設計をして、部品を選び、装置を組み立てることを思い浮かべるかもしれません。もちろん、それらは重要な工程です。実際の開発現場では、機械、電気、情報、制御、品質など、それぞれの専門家が役割を担い、製品やシステムの大枠が決まった後は、各分野で詳細な検討を重ねながら、一つの完成品を目指して進んでいきます。
機械の専門家がいなければ、構造や機構は成り立ちません。電気電子の専門家がいなければ、センサーや回路、駆動系は十分に機能しません。情報やソフトウェアの専門家がいなければ、計測したデータを処理し、システムとして知的に動かすことはできません。品質の専門家がいなければ、製品が安定して機能し、安全に使われ続けるための信頼性を担保することは難しくなります。
私たちの研究室(伊丹研究室)では、スマートメカトロニクスの研究に取り組んでいます。メカニクス、エレクトロニクス、ソフトウェアを組み合わせ、目的に応じた最適解を見つけることを使命とし、さまざまな研究開発を進めています。
単に一つの技術だけで解決しようとするのではなく、複数の技術をどのように組み合わせれば、より良いシステムになるのかを考えることが、スマートメカトロニクスの面白さでもあります。
しかし、筆者が学生に伝えたいのは、専門技術を身に付けることだけではありません。
どれほど優れた技術を持っていても、解くべき課題そのものを見誤ってしまえば、その技術は本当の意味では社会に届きません。高度な機構を作ること、高精度なセンサーを使うこと、複雑なアルゴリズムを実装することは、いずれも重要です。しかし、それらはあくまで課題を解決するための手段です。
本当に必要とされるモノをつくるためには、その前段階が何よりも大切だと考えています。それは、「本当に解くべき課題は何か」を見極めることです。
本質的な課題を見極めるには、まず現場へ行くことが欠かせません。
現場へ行くことで、論文や統計データ、ニュース記事だけでは見えてこないことが見えてきます。そこには、実際に困っている人の声があります。作業の流れや時間的な制約があります。心理的な負担もあります。さらに、技術者が想像していなかったような小さな不便や違和感に気付くこともあります。
ここで重要になるのは、現場で起きている課題を「自分事として捉える」姿勢です。
こうした問いを持ちながら、企業の方々、他分野の研究者、医療/福祉/産業など異なる立場の人たちと意見を交わし、社会との接点を広げていくことが大切です。
私たちの研究室では、学生が研究室の外へ出る機会を意識的に設けています。例えば、興味のある展示会があれば実際に足を運んでもらい、最新技術や社会の動向に触れる機会をつくります。また、さまざまな分野の学部や学科の研究室と連携し、専門分野の異なる人たちと一緒に研究を進めることもあります。現場から具体的な相談があれば、実際にその場へ足を運び、直接意見を交わします。
研究は、頭の中の構想や書類上の検討だけで始まるものではありません。もちろん、文献調査や理論的な検討は重要です。しかし、必要とされるモノづくりを目指すのであれば、最初に向き合うべきものは、現場にある具体的な困りごとです。
モノづくりにおいて難しいのは、単に装置を作ることだけではありません。むしろ、解くべき課題を正しく定めることの方が難しい場合もあります。
課題の本質を見誤れば、どれほど高度な技術を使っても、それは社会に必要とされるモノにはなりません。反対に、本質的な課題を見極めることができれば、その後のモノづくりには明確な方向性が生まれます。
例えば、ある現場で「身体的な負担を減らしたい」という課題があったとします。このとき、すぐに「力を補助する装置を作ろう」と考えることもできます。しかし実際には、装着の手間、使用するタイミング、現場の忙しさ、使用者の心理的負担、費用、管理方法など、さまざまな要素が関係します。
つまり、本当の課題は、単に「力を補助すること」ではない可能性があります。
それは、「負担の大きい動作に気付き、持ち上げ時の姿勢を変えること」かもしれません。「環境や負担そのものを別の手段で代替すること」も考えられます。「持ち上げる重量物の箱の形状」が問題になっている場合もあります。
このように、課題をどのように捉えるかによって、必要となるモノづくりの方向性は大きく変わります。
本当に解決すべき課題が定まった後は、その課題に対して多角的な視点からアプローチします。
機械的な構造、電気電子回路、センサー、制御、情報処理、ユーザーインタフェース(UI)、安全性、使いやすさ、社会実装の可能性など、さまざまな観点から検討し、必要な技術を組み合わせながら形にしていきます。
大学は教育機関であると同時に、研究機関でもあります。研究とは、科学を少しでも前に進める営みです。
研究としてモノづくりに取り組む以上、単に「動くもの」を作ることだけが目的ではありません。なぜその方法が有効なのかを考え、仮説を立て、実際に検証し、得られた結果を知見として積み上げていく必要があります。
このとき大切なのは、課題解決の方法について、慎重に、そして深く研究を進めることです。
このように、仮説を立て、実際に作り、評価し、結果を検証していきます。こうした繰り返しによって、研究は少しずつ前に進みます。
ちなみに、筆者は「課題解決の手段」がメカトロニクスの領域から外れてもよいと考えています。例えば、素材によって解決できるのであれば、素材の研究へ大きく方向転換してもよいのです。もちろん、その場合は私たちだけの力では解決できません。さまざまな分野の専門家と協力しながら、研究を進めていくことになります。
本当に必要とされるモノづくりにおいては、自分たちの専門分野が必ずしも正解の手段になるとは限りません。だからこそ、課題を起点に考え、必要に応じて専門分野を越えていく姿勢が重要になります。
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