本連載では、エンジニアとして歩んできた筆者の50年の経験を起点に、ものづくりがどのように変遷してきたのかを整理し、その背景に潜むさまざまな要因を解き明かす。同時に、ものづくりの環境やひとづくりの仕組みを考察し、“ものづくりをもっと良いものへ”とするための提言へとつなげていくことを目指す。第3回は「1990年代前半のものづくり」をテーマに、3D CADの黎明期を振り返る。
連載第3回では、1990年代前半のものづくり(その1)を紹介する。本連載の目的の一つは、「失われた30年」といわれる社会動向に対し、ものづくりがどのように関係しているのか、また関係しているとすれば、どのような因果関係があるのかを明らかにすることにある。その因果関係が分かれば、ものづくりの視点から「失われた30年」解決の糸口が見えてくるはずだ。1990年代は、まさにその始まりの年代といえる。まずは、3D CADの黎明期を振り返る。
注:「モノ」「もの」の表記について、本稿では「モノ:生産要素または経営資源といった手段」「もの:生産活動により付加価値を持った成果物」と使い分けて表記しています。また、「人」「ヒト」「ひと」の表記については「人:一般的」「ヒト:生物学的」「ひと:人間的(ものとの対比)」と使い分けています。
1990年代前半の世の中は、1970年代から始まった日本発のヒット商品の流れがまだ続いていた。また、図1に示すように、筆者が過去50年間に使用してきた計算機の変遷を見る限り、業務における計算環境には大きな変化はなかった。唯一の変化は、手書きからワープロへの移行である(当時はこれでも大きな変革であった)。
一方、事業分野では、業種によっては大きな変革が起きていた。特に、3D CADが従来の現物設計に置き換わり始めたことが挙げられる。これについては、後ほど紹介する。
3D CADは、この時期に開発/販売が始まった。ただし、当時は完成度が低く、価格も高かった。一方、一部の製品分野では、レイアウト設計やウォークスルーシミュレーション、作業シミュレーション、意匠設計などを目的とした大規模な3D CADシステムが実用化されていた。以下に、その事例を紹介する。
原子力プラントの設計では、かつて最終設計段階の確認にプラスチックモデルが用いられていた。しかし、この作成には多くの手間と費用がかかり、設計変更にも手間/時間/コストを要した。
そこで、当時の最新の3D CADシステムを導入することになった。このシステムの詳細は、筆者も執筆協力した参考文献[1]を参照されたい。システムの構成は図2の通りである。
以下、このシステムの使用例の一部を紹介する。図3には、図2のCADシステムを用いたウォークスルーの一場面が示されており、2台のスクリーンが使用されている。
この場面では、2台のグラフィックスワークステーションをネットワークで同期させ、図3左図に示したスクリーンに作業員の位置と動きを、図3右図に示したスクリーンにその作業員の視野を表示している。これにより、プラント内部での点検時に必要なスペースの確認が可能となっている。
さらに、干渉チェックによって問題が見つかった場合には、該当箇所の設計をやり直し、再度システムに反映させて、問題が解決されたことを確認する。このような工程により、製造段階での問題発生を最小限に抑えている。
図4左図に、炉内機器の分解点検シミュレーションの例を示す。このように、大規模作業における工程や問題の有無を事前に確認することが可能である。一方、図4右図は原子力発電所の景観シミュレーションの例を示したものだ。コンピュータ画像と実写の景色を合成することで、リアルな景観検討が行えるようになっている。
前項の記事を書きながら、3D CADの定義が欠けていたことに気が付いた。そこで、筆者なりの3D CADの定義を示しておく。
そもそも3D CADは、「3 Dimensional Computer Aided Design」の略であり、コンピュータを用いて3次元設計を行うことを指す。これが、3D設計時に3次元情報を処理/表現するための一ツールへと変化していった。つまり、3Dデータがどのような形式かは問わない。
現代では、中身が詰まったソリッドデータを指すことが多い。しかし、医療用のデータはボクセルデータ(点)であり、ワイヤ(線)データは内部構造が見えるため便利で、CG(コンピュータグラフィックス)は一般的にサーフェス(面)データである。一方、ソリッドモデルは物体の質量などもデータとして持つため、機械設計に適している。前項の事例のベースになった書籍を確認すると、現在でいうソリッドデータではないかもしれないが、システム設計に必要なさまざまなデータを有している。
もう一つ、初めて3D CADを操作したときに感じた違和感について述べる。
3D CADデータはコンピュータ上に3次元情報を有しているが、それを形状として表現できるのは2次元の画面である。これを補うために、視差を変えた2つの情報を2台の別々の画面に表示して見ていた。これはあくまで2Dデータを、人の両眼視差を利用して立体的に見ているにすぎない。
「コンピュータ内の3D情報を“3Dとして見たい”」というのが当時の印象であった。また、機械設計に3D CADを用いて設計するというイメージも、当時はまだつかめなかった。
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