Infiniteブランドのエレキギターに採用される、これらの高精度な構造を実現できた背景には、デジタル設計/製造環境の整備がある。その整備を担ったのは、八田氏の音楽仲間でもあった大倉新司氏だ。八田氏がギター製造に踏み切ろうと考えていた際、モノづくりに興味を持った大倉氏が協力し、ギター製作の経験がない状態から独学で3D CAD/CAMを学び、八田氏と二人三脚でギターのデジタル設計/製造プロセスを構築していった。
当初、CAMソフトウェアは導入したCNCルーターのメーカーが推奨する「VCarve Pro」を、3D CADソフトウェアは大倉氏が見つけてきた「DesignSpark Mechanical」を使用していた。当時はまだ右も左も分からず、3D CADからCAMへのデータの受け渡しだけでも大変苦労したという。
その後、ようやくCNCルーターにNCプログラムを渡すことに成功したものの、加工時間はボディー片面だけで13時間、裏表で26時間にも及んだ。さらに、データ不備によって機械が途中で暴走するトラブルも発生するなど、「最初のころは本当に苦労の連続でした」と大倉氏は振り返る。
効率化と作業のしやすさの糸口を探す中で、大倉氏は3D CADとCAMが一体化したソフトウェアがないかを調べ始めた。そこで出会ったのがFusionだ。無料の試用版が提供されていたことに加え、インターネット上に学習情報が多く、大倉氏は独学でFusionの操作を習得していった。その結果、簡単なモデルであればボディー片面の加工が1時間程度で完了するようになり、設計から加工までの時間を大幅に短縮することに成功した。
Fusionを採用した理由について、大倉氏は「3D CADとCAMが統合されていて、操作性が良かった点がポイントです。試用版で試したときに、想像以上にスムーズに作業を進められ、『これならいける』と感じました。サブスクリプションで導入できる点も決め手になりました」と語る。最終的に、自社のCNCルーターとの相性も確認し、実際の加工で問題なく運用できることを確かめた上で本格導入に踏み切ったという。
現在、同社では木工用のCNCルーターを3台導入し、ボディー、ネック、指板など工程別に使い分けている。「材料となる木材は水分を含むため、膨張や収縮によって必ず誤差が生じます。どんなにハイスペックなCNCルーターを導入したとしても、完全に避けることはできません。Fusionで設計精度と再現性を確保できていれば、今の装置でも十分な精度を実現できます」と八田氏は説明する。
同社は“人の手で削ったものと機械で削ったものとで、仕上がりが同じであれば、安価に、正確に作れる機械の方がよい”という信念に基づき、手加工では絶対にできない領域を、機械を使ってしっかりと作り込むことに価値を見いだしている。
こうして確立した同社のデジタル設計/製造プロセスは、Infiniteブランドとともに市場から評価されるようになり、現在では、3D CAD/CAMを導入し始めた同業の製作家や工房から相談を受ける機会も増えているという。
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