基調講演では、ゲストスピーカーによる講演も行われた。以下、その内容をダイジェストで紹介する。
西松建設 技術戦略室 技術革新部 部長の前啓一氏は、「西松DXビジョン 建設ライフサイクルの改革」と題して講演を行った。
前氏は、建設業界の現状について「『人手不足』『長時間労働』『DXへの取り組みの遅れ』という3つの大きな課題に集約できる」と指摘する。
技能者の高齢化や若年層の離職率の高さが慢性化する一方、2024年からは労働時間規制が始まり、現場の負担が増している。現場では「人も時間も足りない」という状況が続き、そのしわ寄せが安全管理や品質管理に悪影響を及ぼす懸念が高まっているという。
また、DXの必要性は認識されつつあるが、新たな取り組みを進める余裕が現場にはなく、こうした状況が業界全体のネガティブなイメージを生み出す悪循環につながっている。前氏は「この悪循環を断ち切るには業界全体を変えていく必要がある。その手段の1つがDXであり、われわれは3DEXPERIENCEプラットフォームを活用することでそれを実現しようとしている」と語る。
建設プロジェクトは、基本計画から設計、実施設計、生産設計、施工計画、製造、現場施工、維持管理へと進む。同社はこのうち、生産設計、施工計画、製造、現場施工、維持管理の領域で3DEXPERIENCEプラットフォームを活用することを目指している。
「これまで建設業界は、『現地生産』『オーダーメイド型』の産業とされ、標準化が難しいとされてきた。そこで、製造業で培われてきた『標準化』『システム化』『自動化』のノウハウを取り入れ、業界構造の変革に踏み切った」(前氏)
同社のDXビジョンは、「現場」「ワークスタイル」「ビジネス」の3領域をデジタルで変革することにある。現場では高性能でスマートな生産システムを構築し、ワークスタイルでは一人一人が活躍できる環境を整備、さらにエネルギーや不動産など新たなビジネス空間の創出を目指す。これらを統合する基盤として、業務データやナレッジデータを集約/管理し、企業文化そのものを変革していく方針だ。ロードマップとしては、(1)BIMを活用したフロントローディング型設計へのシフト、(2)施工データを基に未来を予測する施工管理、(3)遠隔化/自動化/ハブ化による“工場のような現場”の実現によって、DXの推進を目指す。そして、最終的には「これらを統合し、フルオート施工の実現につなげる」(前氏)という。
講演では、3DEXPERIENCEプラットフォームを活用した具体的な事例として、建物をモジュールの集合体として捉え、工場で生産した部材を現場で組み立てる「工業化施工」の取り組みが紹介された。
前氏は「われわれは3DEXPERIENCEプラットフォームを活用し、工場でのモジュール生産と自動化された施工計画シミュレーションを両輪とする工業化施工を推進していく。その目的は生産性向上とCO2排出削減であり、建設業界全体の持続可能な成長に貢献したい」と語る。
2023年から取り組みを開始し、2024年度は実プロジェクトでの検証段階にある。今後は展開をさらに拡大し、西松建設が工業化施工のリーダーとして業界全体を盛り上げ、明るい未来を共創していくことを目指すとしている。
続いて「エンドツーエンドプロセスを実現する本格的なMulti-Discipline Engineering」というテーマで登壇したのは、ドイツの農業機械メーカーであるCLAAS エンジニアソリューション グローバルヘッドのファルク・ハンス-ユンゲル氏である。
CLAASは、世界的に知られる農業機械メーカーであり、自走式のコンバインハーベスター(複式収穫機)やトラクターをはじめとする多様な農業機械を展開している。小型機から大規模で複雑な農業システムまで幅広く手掛けており、将来的には運転者が不要な完全自律走行型農業機械の実現を目指し、センサーやAI技術を活用した自律化の取り組みを進めている。
同社はドイツ、米国、中国、インドなどに主要な開発/生産拠点を持ち、グローバルな製品開発ネットワークを構築している。世界各地で異なる農業スタイルに対応するため、走行速度や重量構成、作業モジュールなどを柔軟に選択可能な設計を採用し、多様な顧客ニーズに対応している。しかし、顧客要求の多様化と製品の複雑化に伴い、設計から製造までのデータ連携が年々難しくなり、情報の分断が大きな課題となっていた。
この課題解決に向け、同社は製品開発とライフサイクル管理を統合する基盤として3DEXPERIENCEプラットフォームを採用した。これにより、ドイツ、米国、中国、インド間でのデータ共有が円滑になり、バージョン競合や重複作業の大幅削減につなげている。
「3DEXPERIENCEプラットフォームにより、グローバルチーム間のコラボレーションは飛躍的に向上した。設計者は新しいモデルを既存モデルとリアルタイムで比較でき、製造部門は設計初期段階から直接フィードバックを提供できるようになった」(ファルク氏)
さらに同社では、設計データ、プロセス計画、生産指示を3DEXPERIENCEプラットフォーム経由でERPシステムと直接接続し、EBOMとMBOMの2重管理を解消。設計から製造への引き継ぎを迅速かつ一貫性を持って行えるようにしている。
また、機械構造、油圧システム、電気システム、組み込みソフトウェアといった複数領域が密接に関わる現代の農業機械の開発において、同社は3DEXPERIENCEプラットフォームを活用し、これらを一貫管理する「Multi-Discipline Engineering」へ移行した。これにより、設計から製造、サービスまでをつなぐデジタルスレッドを確立し、製品全体の整合性を確保しながら複雑性をコントロールしている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.